syrup16gの活動再開に寄せて

その日は朝から雨だった。

案の定、通勤に使っているバスは遅れ、最寄り駅に着くと確実に会社に遅刻する時間だった。まあ、取り敢えずいつものように満員電車に乗り込み、都内へと向かう。通勤時間は片道1時間半近くかかるが、転職をして6年が経ち、すっかり慣れてしまった。私は毎日この長い通勤時間中に、丸ごと一枚アルバムを聴き倒している。基本的にぎゅうぎゅう詰めの車内では、読書は不可能で、スマートフォンを見ることも厳しい。身動きが出来ない分、自動的に耳に付けているイヤフォンに意識が行く。よって、往復三時間に及ぶ通勤時間は、一日の生活の中で唯一音楽に集中できる、大切な時間なのだ。

毎朝、MP3から選ぶアルバムはその時の気分次第なのだが、その日電源を入れると勝手に流れてきたのが、この夏6年ぶりに活動を再開したsyrup16gがリリースしたばかりのアルバム、『Hurt』の1曲目「Share the light」だった。雨の日に聴くsyrup16g。五十嵐隆(Vo&G)のすり切れそうな歌声と、古びたエレキギターの音色は、重なり合う乗客の隙間から覗く、薄暗い空と同じ色をしていた。しかし、このアルバムには、かつて五十嵐が見失ってしまったが、勇気を出し再び掴み取った「強さ」がある。この「強さ」は、灰色の雨雲から差し込む、一筋の陽の光のようで、確かなものだった。



syrup16gが活動再開をするニュースが耳に入った週末。私のTwitterのタイムラインは一日中、どよめきと喜びで埋め尽くされていた。そして、週が明けると渋谷駅の地下コンコースの壁にはでかでかと『syrup16g 再始動』という文字と、メンバー3人の写るポスターが貼られていた。偶然にも、私は毎日通勤でこのポスターの前を通る。そのたびに、五十嵐隆の寡黙な視線に引き込まれていった。同時に、一向に静まらないTwitterの賑わいから、これはただ事ではないのかもしれないと思い始め、アルバム発売日の前日、8月26日のCD店着日にCDショップへ足を運んだのだ。

私がsyrup16gと聞いてすぐに思い出したのは、2001年に彼らがメジャーデビューする前に発表されたアルバム『COPY』に収録されている「生活」だ。10年以上も前のことだが、この曲を初めてラジオで耳にしてからずっと<I want to hear me / 生活はできそう?/ それはまだ>という、サビのキャッチーなメロディに心を奪われている。彼らを観た最初で最後のライヴは、2004年のロッキン・オン・ジャパン・フェス。記憶は薄れているが、当時好きだった「クロール」を確か演奏してくれた。しかし、私は特別な理由もなくsyrup16gを聴かなくなり、思い出した時には既にバンドは解散していた。

その後、キタダマキ(B)と中畑大樹(Dr)は、多くのミュージシャンのサポートメンバーとして活躍している。二人のTwitterアカウントもあるため、解散してもそれぞれの活動状況がわかることは、ファンにとっては救いであっただろう。ただ、五十嵐隆に関しては、解散した翌年の2009年『犬が吠える』というソロプロジェクトをスタートさせるが、こちらも半年ほどで解散を発表。何処で何をしているのか見当もつかず、ようやくその沈黙を破ったのが昨年5月。五十嵐隆ソロ名義で『生還』というライヴを行う。驚いたことに、このステージのサポートメンバーを務めたのは、彼と共にsyrup16gのメンバーとして活動していた、キタダと中畑だったのだ。


五十嵐は解散後の生活と当時の心の内を、活動再開の発表後に発売された数冊の雑誌インタビューで答えている。私も一通り目を通したが、途中で表紙を閉じてしまいたくなるほどシビアなものだった。音楽から離れた生活を送り、もう辞めようとしていた40歳をとうに過ぎた男の歌は、プライドを殴り捨て、生きて行く為にはこれしかないという気迫が感じられ、ただただ、生々しく胸に響いた。しかし、絶望の中にいた五十嵐の生み出したメロディには、厳しさの中にも優しさがある。美しさがある。懐かしさもある。それは、一曲一曲に強い力を注ぎ込むことで過去の自分を認めようとする姿であり、そこに希望を感じたのだ。また、五十嵐をどっしりと支えているキタダの低音と、中畑のリズムから成る安定したビートは、バンドが停止していたことを決して感じさせない抜群のコンビネーションを見せている。それぞれに抱えていた葛藤を拭い去るような勢いがあり、再びsyrup16gとして突き進む事への決意をも、刻み込んでいくようだ。そして、その全ては、五十嵐隆ソロ名義ではなく、syrup16gとして音を鳴らせる喜びに繋がっていることを『Hurt』というアルバムは証明している。

アルバムのラストを飾る「旅立ちの歌」は、爽快感のあるアコースティックギターの音色が深い闇から抜け出すことのできた五十嵐自身のようであり、包容力と温かさが残るサウンドだ。それに合わせ、メッセージ性の強い言葉が綴られている。<最低の中で / 最高は輝く>。これは、五十嵐が再び自分と向き合ったことで歌うことができた、現在の集大成だろう。<もうあり得ないほど / 嫌になったら / 投げ出してしまえばいい>と諦めた表情を見せてはいるが、彼がsyrup16gを再始動させた勇気は、今、彼らの音と出合えた全ての人の心を大きく動かしていくはずだ。

しかし、私は今のsyrup16gを聴いて、テンションを上げるとか、癒やしを求めようとは思わない。安直に扱うのではなくて、そっと寄り添い続けながら、私自身の<最低の中の / 最高は輝く>事を確かめながら前へ進んで行きたい。メンバーと共にsyrup16gのこれからを信じていきたいのだ。



だから、あの雨の日syrup16gを聴いていた事は、必然だったのかもしれない。

以来、聴けば聴くほど体中にじわじわと浸透され続け、特に意識していなくも突然ふっと降り注ぐように頭の中で『Hurt』の楽曲達が鳴り出してしまう。きっと、私の中でこのアルバムが身近なものへと変化し、確実に消化されている証なのだろう。

日々生活している中で、そんな瞬間が訪れるたび、このアルバムと出合えて良かったと実感している。






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by musicorin-nirock | 2014-09-18 21:57 | MUSIC
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