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カテゴリ:LIVE( 42 )

11/25 NICO Touches the Walls @東京・赤坂BLITZ「1125/2016」





2006年、当時インディーズで活動していたNICO Touches the Wallsは2枚のミニアルバムを発売した。どちらも未だファンの間では人気の高いアルバムであり『Walls Is Beginning』は通称青盤、『runova✕handover』は赤盤と呼ばれ、鋭いジャックナイフを世間の汚さに向けているが、自堕落な自身を嘲笑う狂気性も存在する。そして、その根本にあるものが若者らしい焦燥や、彼らに付きまとう孤独感。しかし、ここで赤盤に収録されている”壁”の歌詞を一部取り上げてみる。
ー理想を追い 現実を憂い その間に揺れながら
 わずかなその光を信じてみたいのさ
ー今日も明日も睨み合いで生きる
 そんな未来を僕ら背負え
ーいくら遮ってもまだ見ぬ光を きっと手に入れる
 遮っても 遮っても... 遮ってるもの
 だから遮ってるもの 全部越えていく

私がこの曲から感じたものが、目の前を壁に遮られたとしても、再び光を求めようとする貪欲さだ。当時の楽曲からは殆ど表面化させていない気概に満ちた姿が、言葉の裏から見えてくる。ならば、別の場所から光を当てて、若者らしいフレッシュさで歌うことだってできるだろう。けれど、内向的な捻くれ者は孤独に生きる道を選んだ。それがニコの始まりだった。




***
それから10年という月日が流れた。

毎年11月25日に開催している1125(イイニコ)の日ライブ「1125/2016」のテーマが「青盤と赤盤の再解釈」、つまり2枚のミニアルバムの再現ライヴだとわかった時、私は正直戸惑った。バンドのバックグラウンドを知ることは、バンドを長く聴き続けていく上で重要なことはわかっている。けれど、近年バンドのモードはめっきり明るいものとなり、ステージから伝わる充実感や風通しの良さからは、もう過去を掘り起こす必要性は皆無だと思っていた。・・・それだけではない。彼らは、2013年11月25日、そう3年前の1125の日ライヴで宣言した2度目の日本武道館へのリベンジ以降、散々原点を見つめ直す作業を繰り返してきたのである。だからこそ辿り着いた現在地では、インディーズの回顧は似合わない。歌うべき歌はもっと他にあるだろう。なのにどうして?と不穏が気持ちに取り憑かれていた。


どうしてニコは「青盤と赤盤の再解釈」をテーマにしたのだろうか?

先に理由を明かてしまうと、2枚のミニアルバムが世に放たれてからちょうど10年。当時とは全くモードの違う音楽をやっている今の自分達が、インディーズ時代の曲を演奏したらどんな感じになるのか?それを確かめる如く、楽曲が誕生したスタジオのある街、東京・赤坂で再び鳴らそうという試みだ。

ステージの上でそう説明する光村龍哉(Vo&G)は、今回のテーマに特に深い意味合いを持たせているような素振りを見せなかった。



***
2016年11月25日。

光村が「ようこそ」とフロアに声を掛けると、古村大介(G)が奏でる流麗なギターが鳴り響き、光村が歌い出したのは”行方”。ジャジーなギターと坂倉心悟が爪弾く低音がグルーヴを作り、一瞬にしてオーディエンスを魅了させ、その直後に登場した”壁”のドラマチックな情景に私は言葉を見失う。自らの宿命を受け入れ、バンドと共に歳を重ねてきただけの力強さが、この曲には宿っていた。木漏れ日のように温かく会場を包み込んだミドルバラード”梨の花”の慕情感や、若き吉田拓郎を思わせるフォーキーな”僕がいなくても地球はまわっている”の郷愁からは、10年前のニコの姿を見ているよう。ライヴは始まったばかりというのに、過去と現在が入り交じるステージを前にしたら、脳内が混乱し始める。

淡々と綴られる行き場のない喪失感を、無数の砂に例えた”幾那由多の砂に成る”は、最小限の音数で描かれた。ステージから漂うひんやりとした緊張感をフロアの隅々までに行き渡らせると、更にオーディエンスを静寂の地に潜り込ませたのが”プレイヤ”である。対馬祥太郎(Dr)が刻むエキゾチックなビートの上では優美なベースラインが舞い、曲のクライマックスにかけて波打つギターアンサンブル。その上に重なる光村のロングトーンは「闇から抜け出したい」という救済の声にも聞こえた―――それにしても、聴いてて呆然としてしまうほどの、若者らしからぬ音楽嗜好なのである。直後のMCでは光村曰く、当時は渋いバンドばかりから対バンを申し込まれていたとか。すると、対馬「ハタチだよ」古村「怖いよね」坂倉「怖いモノ知らずだったよね」と皆が本音を零していく。

20歳(ハタチ)になれば誰もが「大人」と認められ、世間からの視線も変わる。しかし(私自身もそうであったが)実際は、まだ未熟さ残る年代だ。だからこそ、彼らは脆い自分を隠すために、敢えて暗くて渋いサウンドに身を投影していったのではないだろうか?そんな当時のニコの象徴と言うべき曲が”病気”である。全身に伸し掛かるブルージーなバンドサウンドからは昭和歌謡の匂いが漂い、聴けば瞬時にドキッとさせられる<父ちゃんは病気だから>と光村は吐き捨てるように歌う。ただ曲の途中で、歌・演奏ともにアップデートさせている今のニコに対し、少し居心地の悪さを感じてしまったが、更に身を痛めつけるよう”3年目の頭痛薬”を畳み掛けると、ここから怒濤の展開が始まった。”アボガド”で勢い良くフロアに噛み付けば、集中力の塊と化していたオーディエンスのリミッターが完全に破壊され、”そのTAXI,160km/h”の登場と共に突き上がる拳と、沸き起こるシンガロング。極めつけは”泥んこドビー”だ。♪ドドパッパーとイントロのリズムに合わせたハンドクラップも響く中で光村が<転がせろ/俺を転がせろ>と歌いながらフロアにダイブ!衝動的で捻くれていて、どこか危険な空気を曝す。それがインディース時代のニコであると、当時を回想させたのだ。

ところが、今宵、赤坂の地に捧げられた”image training”が、ひときわ輝きを放っていた。ライブも後半に突入し、ようやく登場した唯一のポップナンバーが、逆に、明るさを拒む当時のニコを映し出す。しかし今では、スタジオからの練習帰りの光景を歌う、曲本来のみずみずしさも素直さも、何一つためらうことなく鳴らしていた。ラストの”雨のブルース”は、まるで光村の独白にも聞こえる<幸せになろう/誰より幸せに>という言葉が、オーディエンス1人1人に届けられたことで、過去と現在、その先にある未来を繋ぎ止める。そんな瞬間が訪れる、幸福なエンディングだった。

若干20,21歳で早熟な2枚のミニアルバムを完成させたニコが、当時から非常の潜在能力の高いバンドであったことを私は断言できる。けれど、本来ニコは並々ならぬ努力をしながら経験を積み力を付けてきたバンドであり、その全てを物語っていたのがアンコールの”マシ・マシ”。これが本当に素晴らしかった。シンプルな歌詞から沸き立つポジティヴなエネルギーに、説得力という言葉以上の絶対的な力が感じられ、自力で切り開いた現在地は「ここだ」とニコは指し示したのである。そして、年に一度しか聴けない”1125のテーマ”が始まると、誰もがこの瞬間を待ち侘びていたかのような盛大な祝福感が溢れ出した。その時、今回のライブはメンバーはもちろんだが、会場に集まった全ての人にとって、かなり特殊なライヴであったことに改めて気付かされたのだ。



***

私にとって「1125/2016」は通常のニコのライブよりも、かなり労力を強いられた時間だった。ノスタルジーを味わうシーンもあったが、圧倒的に2016年度版の青盤と赤盤を堪能したという気持ちが強く、特に”image training”と”雨のブルース”はかなり胸に迫るものがあった。曲の本質部分が放されたことで、明るさや幸せを歌う自分自身を肯定出来たのではないかと思う。また、重ねた年齢やキャリアに比例し、歌や演奏が強靭になったからこそ、今のニコと内面的脆さが魅力の曲との間に多少違和感を感じたが、それすら自然なことであると納得できるくらい、10年という時の流れを大いに体感できた。

「やってみたい」という好奇心から始まったライブとは言え、蘇る記憶の中で得られた全てが糧になる。

青盤と赤盤を発売した翌年(2007年)、ニコはミニアルバム『How are you?』でメジャーデビューを果たし、今年で10周年を迎える。そして、彼らは一つのその時代をオーディエンスと共に確かめた後で、始まろうとしているアニバーサリーイヤーを迎えたかったのだろう。真っ暗闇の夜空の下で、孤独を歌い続けてきた時代が永遠にニコの始まりであり、過去は姿かたちを変えることなく残っていくものである。だからもう、その全てを受け入れた上で、今の自分達に一番似合う音楽を鳴らしていけばいい。そして、真っ新な気持ちで私も彼らと向き合っていきたい。




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by musicorin-nirock | 2017-02-01 22:12 | LIVE | Comments(0)

2016年個人的ライヴ総括「 9/13 the HIATUS @東京・新木場STUDIO COAST」

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"the HIATUS 「Hands Of Gravity Tour 2016」 STUDIO COAST公演を観て"


音の鬩ぎ合いのような激しいアンサンブルも、ただ心に寄り添い続ける極上のバラードも存在するthe HIATUS5thアルバム『Hands Of Gravity』。

前作『Keeper Of The Flame』からは、約24ケ月ぶりのアルバムリリースとなった。その間the HIATUSは最初で最後の日本武道館公演を終え、細美武士(Vo&G)はもう一つのバンドMONOEYESを始動させた。MONOEYESが始まったことで細美は自分の二面性を表現できるようになり、バランスが取れた状態で新譜づくりに挑めたことが今作の鍵であることは、人情味溢れる豊かな彼の歌声を聴けば否応なしに納得できる。しかし、細美以外のメンバーであるmasasacksG)、ウエノコウジ(B)、柏倉隆史(Dr)、伊澤一葉(Key)にとっても、彼の充実を感じる傍らで、the HIATUSとの向き合い方が大きく変化する転機になったのだろう。彼らから生まれた新しいアルバム『Hands Of Gravity』では、一つのジャンルに囚われずオルタナティヴに突き進む潔さの中で、聴く者の胸を打つ珠玉のメロディが鳴っていた。しかし、スケール感のある楽曲が並ぶ今作を聴き続けていると、これが彼らの到達点とは言い切れないような、the HIATUSとは挑戦の場であり、1人のプレイヤーとして、また音楽そのものの可能性を拡大していく場所であることを証明しているように思う。

アルバムを引っさげ開催された全国ツアー「Hands Of Gravity Tour 2016」も後半戦に入った913日。東京・新木場にあるSTUDIOCOASTに私は向かった。715日、Zepp DiverCityで行われた初日のステージを観たときは、新たな旅の始まりを迎えた幸福感を放ちながら、完成度の非常に高いステージにかなりの衝撃を受けた。ところが、約3か月に渡る旅路で一度完成させたステージを自ら壊しに掛かり、再び創造していくプロセスを彼らは繰り返してきたのだろう。バンドサウンドも、歌も、精神性も、尋常ではないほど進化を遂げていた。オープニングからエンディングまで凄まじい熱気に溢れ、現時点での集大成のような開放感と愛情があった。

この日も細美は、「今日の俺、すげぇ面倒くせぇんだけど・・・」と苦笑いしつつも、真摯にオーディエンスと向き合い続けていた。「子供の頃から嫌われ者だった」と話した細美にとって、「ライヴハウスが大切なことを全部教えてくれた」場所であり、また、唯一自分が孤独ではないことを実感できた場所。だから、自分のステージを観にライヴハウスに来てくれたオーディエンスが何よりも大切で、フロアに向けて力強い言葉を紡ぎ続けていた。その姿には、今度は自分がここ(ライヴハウス)で大切なことを教えていくのだと、その役割を担っているかのような責任感すら感じられた。

しかしそれは、今始まったことではなかった。これまでに何度も細美の立つライブハウスに居合わせてきた私は、彼の言葉に救われてきた。ただ、この日だけは、彼の想いが不思議なくらい自然と自分の中に浸透する瞬間があったのだ。

そして、きっと私だけではなくて、STUDIO COASTに集まったオーディエンスの誰もが、この日のライヴに来た理由やthe HIATUSが好きな理由と、細美の想いと通じ合えたかのような特別な瞬間を、体感したのではないかと思う。ダブルアンコールが終わったにもかかわらず、鳴りやまない拍手に引き寄せられるようメンバーがステージに登場し、トリプルアンコールが始まったことが目に見えた大きな証であるが、つまり、『Hands of Gravity』のアルバムツアーという枠組を飛び越え、theHIATUSというバンドの本質にある深い部分と繋がり合えたということだ。細美を支え、理解し続ける4人のメンバーと共に創造する、the HIATUSの革新的で独自性の強い音楽性と、彼個人の生きる信念が共鳴したことで、覚醒を呼び起こし、観る者によっては人生観が変わってしまうような音響空間を創り上げることができたのである。そんな彼らの音楽性であれば、アリーナクラスの大会場ですら簡単に呑み込むことができるはず。だが、頑なに彼らがライヴハウスに拘り続ける理由は、実はこのステージの上にあったことを、私はこの時身をもって知った。


***


私には、目の前の現実から逃げるようthe HIATUSのライヴに通い続けていた時期がある。

失恋と仕事のストレスから体調を崩し、心のバランスまで取れなくなってしまったことを、とうとう認めざるを得なかった頃、偶然LIVE DVDTHE AFTERGLOW TOUR 2012』を手に取った。彼ら以外にも好きなバンドやシンガーはいたのだが、そこで聴いた細美の歌声には、音楽を聴き始めて20年以上感じたことのないとても不思議な力があった。「どうしてこの人の歌はこんなにも胸に響くのだろう?聴いているだけで、涙が止まらなくなるのだろう?」。彼の歌声は包容力があり、誰にも知られたくない、触られたくない心の細部にまで優しく届いたのだ。

以来、私は彼らを追いかけることに必死だった。2014年に発売された『Keeper Of The Flame』は、その年の一番回数多く聴いたアルバムであり、人生のベストディスクに確実に選ぶアルバムだ。アルバムツアーは勿論、彼らが出演するフェスにも足繁く通い、生命力溢れる彼らのステージを観ては癒しを得た。そして、孤独から解放され、失いかけていた生きる喜びを私は再び感じるようになった。彼らのステージの上には笑いだけじゃなくて、時に厳しさも存在することも知った。でも、だからこそ本物の優しさと、あたたかさが存在していた。

アーティストとオーディエンスの信頼関係というものを、私はあまり信じていなかった。特にMCに関しては、ライヴを盛り上げるために必要な道具でしかないと捉え、ステージ上でのアーティストの発言なんて、たいして気にも留めていなかった。なぜなら、アーティストからしたら私なんて、オーディエンスという大勢の人間の括りでまとめられた一人である。しかし、どこまでも本気で向き合ってくれる、the HIATUSと細美に出会えたことで、私のこの考えは一変したのだ。

ところが、このSTUDIO COASTでのライヴを観終えてしばらく経つと、私は落ち込んでいた。それは、薄々気が付いていたことなのだが、私の心の奥にある問題が何も解決されていないと、遂に現実に表れてしまったからだ。ライヴはとても楽しいし、居心地の良い場所である。でも当たり前だが、彼らが私の人生を直接変えてくれるわけではない。the HIATUSと出会ってからの自分の生き方は間違っていないと思いたいが、どこか甘い考えで生きていたことは確かで、私はそれを思いっきり悔やんでしまった。

それでも、自分が次の段階へ進みたかったら、この場所から一歩踏み出さなければならない。私達はずっと同じではいられない。それは、ミュージシャンが年齢やキャリアを重ね音楽表現が変化していくように、誰にでもその瞬間は訪れるのである。

STUDIO COASTのステージの上で、細美はライヴをDVDにすることは好きではなく、「今日は会場にカメラは入れてない」と言っていた。勿論ライヴ映像をYou TubeSNSに上げることだってしない。端から見るとただの頑固者に過ぎないが、今、私はその気持ちが理解できる。この日のライヴの全てを自分の中にずっと留め、一生忘れないでいようと誓った。そして、ピンと背筋を伸ばして、生きていこうと思った。年齢とか立場とか考えだしたら、正直きりがないけれど、それでも前を向いて自分自身を生きていくことに、恥ずかしさなんて必要ないのだから。







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by musicorin-nirock | 2017-01-07 15:45 | LIVE | Comments(0)

12/4 The Birthday @ 豊洲PIT

もう20年も前の話になるが、私の高校生活は、人よりも少し苦労の多い3年間だった。中学生活が終わりに近づいていた頃に、両親の仕事の都合で急きょ見知らぬ土地へ転校せざるをえなくなり、自分の成績で入れる確実に高校にとりあえず入学した。それが人生初の大きな試練の始まりだった。クラスメイトとの会話の話題に何一つ興味が沸かず、作り笑いをしてやりすごし、毎日自分を撃ち殺しながら高校へ通った。もしかしたら、途中で辞めても良かったのかもしれないが、親の事を思うと辞められなかった。また、辞めるという決断をしたら、そっちのほうがもっと苦労をするとわかっていたから、ずっと我慢。胃の痛む毎日だった。

音楽は好きだった。元々子供のころからピアノを習っていたし、中学時代は3年間ブラスバンド部に所属。また、テレビドラマの主題歌であったり、流行りのポップソングも良く聴いていた。音楽が身近ある生活だけは、高校に入ってもずっと変わらなかった。ある晩、ラジオを聴いていたら、ビリビリと身体に電流が走ったかのような大衝撃を受けた。「なんだんだ、これは?」。すぐにCDコンポに入っていたカセットテープを回し、番組を録音をする。そして、私は彼らに一瞬にして虜になり、急に今まで好きで聴いていた音楽が子供っぽく思えてしまった。そのバンドこそ、チバユウスケ(Vo)アベフトシ(G)ウエノコウジ(B)クハラカズユキ(Dr)がいた、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTだった。

今思えば、高校以外の場所へと視野を向けることができたら、それなりに楽しく過ごせたのかもしれない。また、単純に、ただ自分をうまく表現できなかっただけなのかもしれない。しかし、当時は地方にある高校という狭いコミュニティしか知らず、今のようにSNSがあったわけでもないから、他に居場所を見つけることもなく、とにかく毎日孤独だった。だから、私は自分の殻に籠った。そして、現実から逃げるようにミッシェルの爆音に自分の身を委ねていた。ミッシェルを知っている人がほとんどいなかったことが救いで、それが自分を守ってくれているような気分だった。

しかし、ミッシェルがきっかけで、ロックバンドについて話せる友人がついに出来た。いつしか自分もバンドをやりたいと思い、更に音楽を突っ込んで聴くようになった。そして、毎月発売されるJAPANも愛読するようになれば、ライターという仕事にも憧れた。それが、退屈な高校生活の中で唯一希望が持てた時間であり、今思えば私の大切な原点だった。

高校3年の冬に、一度ミッシェルのライヴに行った。忘れもしない、1999年のアリーナツアーでやっと取れたチケットだった。確か”ウェスト・キャバレー・ドライブ”が一曲目で、初めてモッシュも経験し、一緒に行った友人とはぐれてしまう。ライヴ後足元を見ると、買ったばかりのスニーカーの紐が引き千切れてしまっていたが、勲章だと思ってボロボロになるまで履きつぶした。

ミッシェルが解散してしまう頃には、正直、このバンドへの熱が冷めていた。高校卒業後は念願の軽音楽部のある短大へ入学し、バンドを続けたくて4年制大学に編入までしてしまったバンドバカの私だった。でも、大学を卒業し社会人1年目にもなると環境の変化から音楽を聴く余裕もほとんどなくなっていった。また、同時期にガレージパンクというイメージの強かったミッシェルには、情緒的で静かな曲が増えてゆき、チバはROSSOという新しいバンドを始めたりもした。私はミッシェルの変化も、チバがROSSOを始めたことも受け入れず、結局、2003年10月11日に開催された解散ライヴには行かなかった。

2009年の7月。アベの訃報を職場で偶然知った。目の前が涙で滲んでしまい、トイレに駆け込んだことは今でも良く覚えている。こういう時こそ、故人を偲んでミッシェルを聴くべきだったかもしれない。でも、私はさらにミッシェルと距離を置くようになってしまった。本当に終わってしまったんだと、受け入れることができず、自分の中で封印した。もう二度とミッシェルを聴くことはないと、その時は本気で思っていた。


それから17年と言う長い月日が経って、私はようやくThe Birthdayのチバユウスケとして、歌う姿を観ることができた。

きっかけは今年の夏、シネロックフェスティバルで『”THEE MOVIE”-LAST HEAVEN 031011-』を観たことだ。これは、ミッシェルのラストツアーである「LAST HEAVEN TOUR」のツアーファイナルの模様とドキュメンタリーで構成された2009年に劇場公開の映画である。当時、公開されることは知っていたが、観たいとは前向きに思えなかった。

解散から13年を迎えようとしている2016年に、私はようやくミッシェルの終わりと向き合った。そして案の定、複雑な心境に陥った。アベが大画面の中では鋭いカッティングでギターを鳴らしている。でも彼はこの世にはもういない。涙が零れ落ち、頭の中で大混乱が起こる。しかし、気づけは曲に合わせて拳を振り上げたくなり、メンバーの名前を叫びたくなる自分がいた。最後の”世界の終わり”の美しさには言葉を見失ってしまう。幕張メッセを人でパンパンにしておきながら、このバンドは終わってしまうことに現実味が沸かなかった。

『”THEE MOVIE”』を観終えた数日間は大きな喪失感にずっと囚われてしまったが、落ち着きを取り戻した頃になると、聴けなかった後期のアルバムを一通り手に入れ、聴くようになった。それが、最高にカッコよかった。何一つ「古い」と感じることがなかった。今もどこかのライヴハウスに立っているんじゃないかと信じたくなるほどの現役感すら感じてしまった。

その中で、一番胸を打たれた曲が”GIRLFRIEND”という曲だ。この曲は『THEE MOVIE』のエンディングテーマとしても使われている。



ひどく衝撃を受けた。絶望、怒り、そして無念。今までミッシェルを聴いてきて感じたことのない感情が、私の心に沸き起こった。しかし、いつになくメッセージ性の強い歌詞と、それをリスナーの胸にたたきつけるよう激しく声を上げたチバからは、ミュージシャン人生をかけてこれから自分が歌わなければならないものを見つけてしまったんだと思った。真相はわからないが、もう、ミッシェルではチバの歌いたいものを歌い続けることが、不可能だったのかもしれない。あの破壊的なパフォーマンスに、限界を感じていたのかもしれない。ただ、この曲に込められているものは、痛みを知ったからこそロックンロールを信じる想いだろう。それが発売から13年経った今でも、しっかりと呼吸をしていた。そこに痺れてしまったのだ。だから私は意を決してThe Birthdayのツアーチケットを取った。

12月4日。私は豊洲へと向かった。PITの中に入ったのは開場から15分近く経っていたが、メンバーが登場するまで一時間以上待たされたような気分だった。そしてSEに合わせて、クハラカズユキ(Dr)フジイケンジ(G)ヒライハルキ(B)そしてチバが現れた。



一曲目の”ディグゼロ”は決して涙を誘うような曲ではないが、演奏が始まり、チバの声が聴けた瞬間に目から涙が零れ落ちた。メンバー全員、誰一人として客に媚びを売るようなことはしない。MCだってないに等しい。終始一貫硬派に務め、最高にクールでロマンチックなバンドだった。荒野を駆け抜けるようなタイトなビートを刻むリズム隊のキュウちゃんとハルキ、情緒的でジェントルマンなギターを奏でるフジケン、そして人情味溢れる嗄れ声でLOVE & PEACEを歌うチバ。

何度かチバの横にアベとウエノがいないだとか想像してしまった自分も正直いた。その度に泣けてしまってどうしようもなかった。でも、The Birthdayのライヴのステージに立つチバとキュウちゃんの姿は、私が初めてミッシェルのライヴで彼らを観たときと変わらない。確かに年齢を重ね顔に刻まれた皺も増えていたが、私の中では、チバとキュウちゃんの存在の大きさは、何一つ変わっていなかった。そしてその時思ったのだ。好きなバンドが解散してしまったとしても、そのバンドやミュージシャンが変わらず音楽を鳴らしているなら、聴き続けるべきであると。躊躇が生まれるのは当然だし、受け入れられないこともある。でも、自分の人生に希望を与えてくれた人の作る音楽は、変わらずあたたかな光を、自分に照らしてくれるのだ。



私には、チバがミッシェル以外のバンドで歌を歌うことへの抵抗がずっとあった。だから、この日を迎えるまで10年以上の長い時間を要してしまった。でも、そこに後悔をしているわけではない。それ以上に、彼らが私にとって最高にかっこいいロックンローラーで、唯一無二のカリスマで、永遠の憧れであることを確かめられた喜びの方が大きかった。ツアーは終わってしまったけれど、私としては新たな出会いが始まったばかりである。生きていくための楽しみが一つ増えた。それが心から嬉しい。

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by musicorin-nirock | 2016-12-06 12:18 | LIVE | Comments(0)

10/14 the HIATUS @ Blue Note TOKYO ~ 1st Stage ~

普段the HIATUSのライヴに行くと、感情という感情が全て放出されてしまうくらい、私はめちゃくちゃ興奮させられる。彼らは楽曲のスケールのデカさも相まって、観る側も覚醒してしまうくらいもの凄いライヴをする、稀ないロックバンドだ。しかし、伊澤一葉(Key)の奏でるグランドピアノの演奏をSEに、黒いスーツ姿に身を包んだメンバーが登壇すると、ジャズクラブの名門・Blue Note TOKYOならではの格別な音楽空間が広がった。

最新アルバム『Hands Of Gravity』の楽曲を中心に、新旧織り交ぜたセットリストで繰り広げられた約70分間の短いステージは、楽曲の壮絶さやスケール感ではなくて、メロディの美しさにスポットを当て続ける臨場感あるアンサンブルが、しっとりとオーディエンスを魅了させる。

聞き応えのある伊澤の生ピアノがジャジーでアダルトな雰囲気を演出し、1人革のジャケットを羽織りパンクスのプライドを胸に掲げるmasasukes(G)が1音1音繊細にギターを鳴らした。最新アルバムでは作曲も手がける柏倉隆史(Dr)が、そのメロディを歌うよう滑らかにリズムを刻むと、MCの助け船としても登場したバンドの最年長・ウエノコウジ(B)が渋いグルーヴを放つ。「ギターを弾かずに歌う」という意志を持ってライヴに挑んだ細美武士(Vo&G)は、メンバーに演奏を委ね、歌に全神経を注ぐ。その歌声はとても自由で、豊潤な表現力で大きな花を咲かせていた。


***


9月13日、STUDIO COASTで観た『Hands Of Gravity TOUR』のMCで細美は「酒を呑んでも呑んでも声が出る」などとオーディエンスを沸かせ、言葉通りの凄まじい歌唱を披露した。コンディションを整える為の見えない努力もあるに違いないが、それだけ歌に対する意識がここ数年で変わったように感じる。その大きな理由が、昨年より始動させたやんちゃなロックバンド、MONOEYESの存在だ。全くモードの違う2バンドのフロントマンとして生きる細美は、今日本で一番忙しいミュージシャンと言ってもおかしくない。しかし、今の彼の歌声を聴いていれば、音楽人生の充実であることがはっきりとわかるのだ。

そして彼の充実がメンバーにも伝染し、今公演にて5人が起こした最大のハイライトが、喪失感と孤独の最中で生まれた初期楽曲を見事に生まれ変わらせたことだ。ライヴのオープニングを飾ったのは、<I'm trapped inside infinity / And have lost sight of a trinity(対訳:僕は無限の中に捕らえられて/3人組を見失ってしまった)>と当時の細美の心情を痛感させられる”Centipede”。彼らの1stアルバム『Trash We'd Love』に収録され、近年ライヴで披露されることは滅多にない。しかも、今回はイントロを聴いただけでは何の曲か全くわからず、細美が歌い出してやっと気づかされる始末。その変貌振りに思わず感嘆の声を漏らしそうになれば、何故この曲が1曲目に選ばれたのか戸惑った。それでも、威嚇のようなエレキギターは聴こえず、夜空に浮かぶ星屑のような輝きを放ち、色気と哀しみが混同する濃紺のブルースに、心が大きく揺さぶられた。

その後も、次から次へと曲が始まるごとにを強烈に実感させられたのは、5人の途絶えることのない音楽への情熱だった。the HIATUSは結成して7年が経ち、同時にメンバーも同じ年数歳を重ねている。当然、若さは失われ、懐古的な気分に陥る時もきっとある。しかし、このバンドの音楽への好奇心やチャレンジスピリットは衰えることを知らない。音楽を生業にしている身であるし「当然だ」という面持ちで5人はステージに立っていたが、その姿が全く傲慢にも嫌みにも感じなかったのは、一貫してチケット代2600円を守り、キャパの小さいライヴハウスのステージに立ち続けてきたからだ。

Blue Note TOKYOという高貴な場所であれ、泥臭い己の精神を彼らが曲げることはない。細美は高いチケット代を払い、今日のステージを観に来てくれた事に心からの感謝を述べていた。また、次の回に来るオーディエンスの楽しみを奪わないためにも「セットリストをライヴが終わるまでは、ネットに上げないで欲しい」と訴えかけ、実際に10月22日のMotion Blue YOKOHAMA公演終了まで、セットリストがネット上に出回ることはなかった。これはSNS時代と呼ばれる今のご時世、本当にあり得ないことである。それを可能に出来たのは、今まで培ってきたオーディエンスとの強い信頼関係が彼らにはあるからだ。

***


アンコールの”Insomnia”は、聴き手の心に明かりを灯すような優しさが生まれていた。

本来この曲は、<僕は無限の中に捕らえられて/3人組を見失ってしまった>と嘆く1人の男が<Save me!>と、どん底から声を上げる歌だ。しかし、男は音楽を信じ、信頼できる仲間と共に音を鳴らせる喜びを知り、精神的なタフネスを手に入れた。

細美の抱える喪失感が、消えたとは思わない。しかし今は、彼を音楽に向かわせる「一部」になっているのではないだろうか。だから、最大の武器である歌声を自由に羽ばたかせ、今は希望の歌として<Save me!>とオーディエンスと共にシンガロングができるのだろう。この光景を目の前に、満たされたもの感じた。私に生まれた感情を言葉にするのなら、幸福と呼ぶのだと思った。きっとメンバーも会場に集まっている誰もが、そう感じていたはずだ。


***


the HIATUS。このバンドの精神性に救われ続けている私は、彼らの音に頼ったり、時に敢えて突き放したりしながら、バランスを取って生きている。そんな中でも、心に余裕が無くなってしまい、どんなに好きな彼らの音でさえも耳に入って来ない時期があった。私は音楽の力が全てだと信じていたが、やはりそれは全てではなくて、人が立ち上がるための一つ手段でしかないと身をもって知ったのだ。正直、「そういうものなのかもしれない」と腑に落ちる部分もあった。それでも、音楽は決して無力ではなかったから、私はライヴへ通う。そして、音楽に無限の力があるんだと強く体感したのが、最新アルバム『Hands Of Gravity』であり、先述したSTUDIO COASTでのライヴだった。

今回のBlue Note TOKYO公演では、the HIATUSが生み出してきた楽曲の素晴らしさに心を打たれ、目の当たりにしたプレイヤーとしての技術力に感嘆し、何より純粋にthe HIATUSが好きだという気持ちを、初めて彼らの音を聴いたかのような興奮と共に味わうことができた。それが一番の喜びだった。ライヴハウスの爆音よりも、少し小さな音を鳴らす5人。だからこそ、彼らを至近距離で感じられるこの空間の温かさに私は泣いた。特別、辛いことや悲しいことがあったわけではない。ただ「いつだって、またここに来れば良いじゃないか」と優しく肩を叩いてもらったようで、それだけの理由で涙が出た。

演奏を終え、オーディエンスとハイタッチしながら満足げに会場を去って行く背中から、終わりなき挑戦者達の旅が、また再び始まる予感を私はしかと感じ取る。

会場を出て表参道駅へと向かい、知人と別れ地下鉄に乗った。「さあ。顔を上げて行かなくちゃ」。私の心にも新しい追い風が、すでに吹き始めていた。


***


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by musicorin-nirock | 2016-10-29 21:02 | LIVE | Comments(0)

10/4 NICO Touches the Walls @豊洲PIT「『弱虫のロック論2(仮)』リリースパーティ」





今から2年前、2014年の2月。NICO Touches the Wallsは東京・原宿にあるギャラリーを貸し切り、篭城型ライヴ『カベニミミ』を敢行した。1ヶ月間週5でステージに立つという前代未聞の挑戦。そして、同時期にリリースされたベストアルバムに収録され、翌月シングルとしてもリリースされたのが「ローハイド」という曲である。

この曲の主人公はNICO Touches the Walls自身だ。

自ら嵐に打たれに出掛けていったような日々を<駆け抜けろ>と歌い、後に二度目となる日本武道館公演のリベンジを果たし、大きな飛躍を遂げることになるニコの濃厚な物語のはじまりの歌でもある。

10月4日、音楽評論家・平山雄一氏が自身の著書の発売を記念し東京・豊洲PITで開催された『「弱虫のロック論2(仮)」リリースパーティ』で1曲目にニコが演奏した曲は「ローハイド」。それは原曲とは一味も二味も違う、素晴らしいアレンジが施されていた。

荒野に吹く風らしき音を流しながら、荒いアコースティックギターを掻き鳴らし、光村龍哉(Vo&G)は歌い始めた。抱える不安や孤独感を、ただ吐き出すように歌うのではなくて、真摯に向き合い受け止めていくような逞しい歌声だ。サビに近づくとダンダンダンダンと力強くバスドラが響き渡り、その歌声は勢いを加速させた。

  駆け抜けろ この荒野 
  独裁者 俺を解き放てばいいさ
  準備オーライ? 準備オーライ?
  ろくでもない やんちゃな夢 追いかけたい

  準備オーライ 準備オーライ
  いざローハイド

1番が終わるタイミングで、耳なじみのある煌びやかなギターのイントロが始まる。瞬く間にフロアに広がる多幸感。音の光の中へと吸い込まれて行くオーディエンス。私の目の前には、とても美しい景色が広がっていた。

曲を明暗に分けた今回のアレンジには、強い訴求力があった。
何より、バンドの軌跡の裏側にあるものを隠そうとはしないニコの姿勢から、彼らの本質を見た気がした。

***

振り返ってみれば、「ローハイド」をリリースしたばかりのニコはただの弱虫だった。

先に述べた『カベニミミ』も、若さと勢いがあったからこそやり通せたもので、精神的・肉体的な疲労やストレスを考えれば、誰もが無謀だと言う挑戦だ。しかし、なんとしても当時の現状からニコは脱却したかったのだろう。『カベニミミ』が、バンドをさらにタフにしたことは事実であるが、敢行する決断の裏側には、大きな危機感もあったのではないかと思う。その後も相変わらず遠回りを繰り返していたが、その分何度も脱皮できたからこそ、楽しさと、ロックバンドとしての説得力を感じさせるライヴができるようになった。そして、ニコの音楽が確実にリスナーの心を掴み、生きる希望や勇気を与える存在へと成長していることは、最新アルバム『勇気も愛もないなんて』や、シングル「ストラト」を聴けば、一目瞭然である。

私は『「弱虫のロック論2(仮)」リリースパーティ』というイベントタイトルを見た時に、ニコがこのイベントに呼ばれたことと(大袈裟ではあるが)良い意味で運命的なものを感じた。その時はただ、決定的なものを掴んだわけではなくて、ぼんやりとそう感じていただけなのだが、この「ローハイド」を聴いた時に確かな理由が見えてきた。弱虫の決断は、バンドの運命を変えた。そして彼らの音楽は、リスナーの日常に光を照らし続けている。これは、弱虫が手に入れた最大の強みであり、ロックバンドとしての然るべき姿だ。

また、この日は暫くライヴで披露されていない、活動初期の楽曲も披露された。スタイリッシュなギターのカッティングをフックとなり、ゴリっとしたの低音が絡む都会的なグルーヴで沸かせた「anytime,anywhere」や、素朴な言葉を光村が色っぽく歌い上げた「梨の花」など。聴いていると、メンバーの20代前半だった頃の姿と重なり合う瞬間もあったが、ステージに立っていたのは音楽とフラットに向き合う姿が自然体なグルーヴを生む30代のニコだった。

残念ながらイベントの途中で私は離脱せざるを得なかったのだが、また来月、年に一度のあのお祭りでニコと再会したい。そして、新たな季節が訪れているニコを、これからも見届けていきたいと思う。


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by musicorin-nirock | 2016-10-06 21:48 | LIVE | Comments(0)

1/8 NICO Touches the Walls LIVE SPECIAL 2016 ”渦と渦~東の渦“@ 日本武道館

     
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2006年1月8日、NICO Touches the Wallsは東京・下北沢にあるライブハウス「下北沢club 251」にて初めてのワンマンライヴ『成人前夜』を開催した。その日、集まったお客さんは264人。それから10年後の2016年1月8日、彼らが立つステージは3度目の日本武道館だ。過去2回の武道館公演『チャレンジ』と『リベンジ』を経て、集まった約8,000人のオーディエンスを目の前に掲げたテーマは『アレンジ』。「武道館を俺達色にアレンジしてやります!」と冒頭のMCで意気込む光村龍哉(Vo&G)の言葉のとおり、鳴らされるバンドサウンドと共にこだわり抜かれた映像や照明を駆使しながら、一曲一曲の背景を描く。結果的に、武道館は彼ら一色に染め上げられてしまい、まるで『NICO Touches the Walls』という一本の映画を観ているような、とても丁寧なライヴだった。何よりこの『アレンジ』こそ今ではNICOの個性でもあるが、ほぼ原曲に近いままで披露された曲も一層の輝きを放っていたのは、ここ数年間の活動による精神的な成長が大きく関わっているからだろう。

また、11月に右手を負傷した古村大介(G)の復活ライヴでもあった今回の武道館。ステージの上は無事4人で立てたことへの安堵に溢れ、メンバー間で目配せし合う場面も通常より気持ち多かったように思う。逆に、どことなく伝わる緊張感も、NICOがこの4人でなくてはならない理由の一つなのだと実感した。MCで『成人前夜』から10年経ち、今武道館に立てていることを振り返りながら笑顔で「続けてきて良かった!」とこぼした光村からは、これまでのバンドの軌跡が肯定され、ずっと夢に描いていたようなライヴができることへの喜びが感じられた。そして、全体的にどっしりとした安定感ある演奏だったことも印象強く、本格的にNICOが30代に突入したことを気づかされたライヴでもあった。

***

場内が暗転すると、ステージ中央に設置された白い筒状の幕に、アニメーション作家・加藤隆氏によるアニメーションが流れ始めた。ハットを被った青年(光村に似ている彼)が“口笛吹いて、こんにちは”のメロディを口笛で吹きつつ街を闊歩していると、突然、渦に吸い込まれ降り立ったのは「渦の街」。そして、先にスタンバイしていたメンバーによって“渦と渦”のインストVer.が披露される中ゆっくりと幕は上がった。堂々の開幕宣言は『リベンジ』を果たせたからこそできる“天地ガエシ”。ところが“Broken Youth”で始まった前回の武道館のように、のっけから客席に噛みつくような勢いがなく、ステージに立つメンバーの様子はどこか物腰が柔らかい。それは続く“まっすぐなうた”も同じだった。先陣切ってバンドを引っ張る対馬祥太郎(Dr)がパワフルなドラミングを響かせるが、アッパーなビートのままに駆け抜けるのではなくて、メンバー全員、一音一音を確実に聴かせることを強く意識しているように見えた。そして、骨太なバンドサウンドに乗る健気な言葉がひたすら胸に迫ってきた“ランナー”は、音楽で食べていくことを夢見ていた10代の自分達に捧げられているような気がして、一皮むけたNICOの姿に少し感動してしまった。すると、聴きなじみのあるキラキラとしたエレキのイントロが…そう、“ローハイド”のイントロが会場いっぱいに広がり、古村と坂倉心悟(B)がステージ前方まで歩み寄ってきた。この日、私の座席はアリーナ指定席の前から2列目。ちょうど目の前が古村の立ち位置にあたる場所だった。軽やかなステップを踏みつつ笑顔で歌詞を口ずさみ、ギターを弾きまくる姿からは、バンドやギターが大好きであることがわかる。そして、感極まる寸前の表情すら隠そうとはしていない。そんな古村が鳴らすフレーズには、様々な想いが込められているようで、私は涙を堪えることができなかった。

ここでいったんMCが入り、怒涛のメガミックスがスタート。“バニーガールとダニーボーイ”を皮切りに、インディーズ時代の名曲“泥んこドビー”、ライヴの必須アイテム“N極とN極“が投下され、フロアの熱気がぐんと上がる。また過去2回の武道館でも歌われてきた“Broken Youth”もここにて登場。自らの歴史を刻んだ証も忍ばせるところが、このバンドの憎めない性格でもある。変拍子の原曲とはガラリと雰囲気を変え、落ち着いたディスコビートに合わせ光村が妖艶な歌声を放った“ストロベリーガール”、古村のロカビリータッチなエレキを合図に躍動感極まる豪快なアンサンブルをきめた“THE BUNGY”ときて、個人的にメガミックスで一番感銘を受けたのが“夜の果て”だ。ひっそりとした静寂を感じさせる前半から、疾走感溢れるビートに切り替わり、バンドさらに加速する。ミラーボールが回り始め、会場一帯に光の粒が広がる中迎えたクライマックスは<無情な夜空の星に吸い込まれて揺れてる>主人公が闇から解放される心情を客席に体感させていくようで、非常にドラマチックな時間だった。ラストはジャジーなギターが色気で魅せる“行方”で大人っぽい締めくくり。活動初期の曲中心で構成され、今やNICOのライヴでは滅多に聴けない曲の登場が続き、想像以上の聴きごたえがあった今回のメガミックス。他サイトのライヴレポートによると約40分にわたっていたらしく、ノンストップで歌いこなした光村の怪物っぷりにも驚嘆した。

再び入ったMCでニューアルバム『勇気も愛もないなんて』のリリースが発表され、鶏の映るアルバムジャケットも公開。撮影現場でのエピソードなど和やかに話しつつも、なぜ「勇気と愛」を伝えたいのか?という経緯を話し始め、そして、集まったオーディエンスへのお年玉としてアルバム収録曲を2曲披露。1曲目は突き抜けるような爽快感を携えた、ポップで軽快なナンバーで、2曲目はアコギが哀愁漂わせる、しっとりとした大人っぽい曲だった。

ステージの背後には巨大なスクリーンが設置してあり、そこに再び加藤隆氏のアニメーションが流れ始めたのは“TOKYO Dreamer”の時だ。オープニングで登場した青年が街を歩いていると<32連のジオラマ>や、ダンスする少女と出会う。前回の『リベンジ』では、NICOは新たな決意表明としてこの曲をアンコールで演奏している。しかし『アレンジ』で聴かせたものは、このファンタスティックな世界を包み込むような、温かみのあるサウンドだ。そして、スクリーンに今宵一番熱い名シーンが映し出されたのが“ニワカ雨ニモ負ケズ”の時だ。炸裂する光村のスキャット。光村から一切視線を逸らさずエレキを弾き続けた古村の集中力。互いに火花を散らし合い、売られたケンカには果敢に挑み合う壮絶な間奏シーンに、私は思わず息を呑んだ。そして、捻くれ者のロックンロール“バイシクル”と、色褪せることないフレッシュさで放たれた“ホログラム”という彼らの王道を畳み掛け、いよいよ本編ラストの“渦と渦”が登場した。この曲に潜む「人を巻き込ませる威力」は今回の『東の渦』と、5月6日大阪城ホールで開催される『西の渦』で発揮される。その第一弾として渾身のパフォーマンスを見せた4人は、武道館を大いに唸らせた。思い残すことなくすべてを出し切ることができたのだろう。光村のギターの弦は、ここで切れた。

鳴りやまない拍手と歓声に迎えられステージに現れたメンバーは、生まれ年の「1985」がプリントされたスウェットを揃って着用。もちろん、アンコールの1曲目は“僕は30になるけれど”。威勢の良いアコギに合わせオーディエンスのハンドクラップが盛大に響き渡る。2曲目の“手をたたけ”は久しぶりのバンドVer.。ハンドクラップに加わるオーディエンスのシンガロングと共に、今この瞬間を鳴らしていく。そしてアンコールラストは、アルバムに収録予定の、まだアレンジも決まっていないという新曲を光村の弾き語りで披露された。爪弾かれるアコギの優しいメロディの上に乗るのは、初見でも脳裏にその情景が思い浮かび上がるほどの恋する切なさが胸に迫る、どストレートなラブソングだった。

「孤独と夜」を歌い続けてきたNICOが「勇気と愛」を伝える選択。これは音楽家として生きる彼らの、とても大きな成長だろう。歌い始める前、自分の「捻くれた部分も(曲に)出していきたい」とすら正直に話した光村は、どこかほっとしている表情にも見えたが、産まれて間もないラブソングを一人武道館のステージで堂々と弾き語ること自体、ミュージシャン人生を全うするために何か大きな決断を下した、その証に見えた。個人的な事を言えば、孤独と向き合い、はち切れそうな胸の内を吐き出すNICOの青きブルースが好きであり、アンコールラストのラブソングには正直、動揺した部分もある。しかし、私にとって初めて観たNICOのワンマンライヴであった、2012年開催の『1125(イイニコ)の日ライブ』から約3年間、変わり続けるNICOの姿を見届けてきた中でも、今回の日本武道館公演が一番泣けて、私は心の底から感動したのである。

私の思う今のNICOの魅力とは、得たもの全てを音で表現できるポテンシャルの高さと、泥臭い部分まで隠さず見せてくれるようになった素直さだ。そして、そんな彼らから多くのものを私が受け取ってきた事実が、今「信頼」として蓄積されていることを今回の日本武道館公演後に実感し、だから、「勇気を愛」を歌う彼らが見たいと切実に思ってしまうのだ。ニューアルバム『勇気も愛もないなんて』の発売日は3月16日。それに先駆け同月4日からは全国ツアーもスタートする。勇気と愛を伝える使命を掲げたNICOの2016年は、明るくて楽しいものになるだろう。流行り廃りも関係ない、聴き手の心に永遠に寄り添い続けてくれる「本物の音楽」を彼らは届けてくれるはずだ。

SET LIST
1 天地ガエシ
2 まっすぐなうた
3 ランナー
4 ローハイド
5 バニーガールとダニーボーイ
6 泥んこドビー
7 N極とN極
8 Broken Youth
9 ストロベリーガール
10 THE BUNGY
11 夜の果て
12 行方
13 新曲
14 新曲
15 TOKYO Dreamer
16 ニワカ雨ニモ負ケズ
17 バイシクル
18 ホログラム
19 渦と渦

ENCORE
1 僕は30になるけれど
2 手をたたけ
3 新曲


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by musicorin-nirock | 2016-01-24 10:44 | LIVE | Comments(0)

12/29 GRAPEVINE @ COUNT DOWN JAPAN 15/16

相変わらず飄々と彼らはステージに現れた。

来年2月3日発売される「節分アルバム」『BABEL,BABEL』と4月から始まる全国ツアーの告知ぐらいの言葉数少ないMCは、いつもより、ちょっぴり素っ気なかった。

しかし、淡々と、黙々と、演奏される一曲一曲が放つ存在感は、物応じできない程に聴き手を圧倒させてゆく。

「GRAPEVINEのかっこよさは、これなんだ」

***

ライヴは挨拶代わりの“光について”から始まり、田中和将(Vo&G)と女王様の絡みPVで話題騒然となった”EVIL EYE”のキワどいロックンロールで早々にフロアを揺らした。そして、今回ライヴで初お披露目となった新曲”EAST OF THE SUN”は、田中がつま弾くアコースティックギターに、西川弘剛(G)が鳴らすエレキギターと高野勲(Key)のトリッキーなシンセが重なるイントロから、鮮やかに、繊細に、一音一音紡がれてゆき、メロディメーカー亀井亨(Dr)の腕が光るメロディの美しい名曲だった。冬のソングとしてお馴染みの”Our Song”で、<ぼくらは/ねえ/何が見たくて/全てを欲しがって/きたんだっけ>と、ドラマティックに歌い上げた田中の声は胸に迫るものがあり、”スロウ“の厚みあるギターサウンドからは、ひしと貫録を感じさせられた。

人の心に必ず何かを描き続けるGRAPEVINEのライヴは、ゆったりとした流れの中で、MOON STAGEに集まったオーディエンスを、完全に異空間へと引き込ませてしまう。

だから、COUNT DOWN JAPAN 15/16 (以下CDJ)の多くのステージで見られるような一体感を味わう光景は、当然一度も訪れなかった。シンガロングにハンドウェイブ、かつては彼らのライヴでもよく発生していたモッシュですら、今はもう、ほとんど起こらない。もちろん、曲に合わせ歌詞を口ずさんている人もいたし、拳を上げている人もいた。しかし、曲が終わるごとに盛大な拍手が響き渡り、バンドとオーディエンスに通ずる何かが確実にあった事が証明される。そんなライヴだった。

ただ、CDJのような今の音楽シーンのど真ん中に位置するロックフェスに、GRAPEVINEのようなバンドが出演することは、今やもう稀に映る時代なのかもしれないと思った。CDJの各ステージの盛り上がる様子を覗いてみると、そう思わざるを得ない場面に私は何度も遭遇した。実際、GRAPEVINEの裏ではMAN WITH A MISSION、KEY TALK、DJ やついいちろうのステージが繰り広げられており、集客状況に関して厳しいものがあったことは事実だ。そしてそれは、彼らと共に青春を過ごしてきた私にしてみると、寂しさを感じる現実だった。

それでも、ラストソングの”Silverado“が、フロア一帯をあたたかく包み込めば、まるで、新しい年へと続く彼らの旅路を、しかと照らし出すようで、年々研ぎ澄まされていくバンドサウンドと共に過ごした約30分間は、その場を離れるのが惜しい程の感動と余韻を残していった。

変化の激しい世界の中にいても、ぶれることなく自らのスタイルを貫き続けるGRAPEVINEは、私にとって、いくつになってもロックヒーローのなのだ。2016年、2月にはアルバムリリースに付け加え対バンイベントが、4月からは全国ツアーが決定している。今年もこうして、彼らの新しい音楽と出合える喜びを糧に、私は日々、過ごしていきたいと思う。





SET LIST
1 光について
2 EVIL EYE
3 EAST OF THE SUN
4 Our Song
5 スロウ
6 Silverado


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by musicorin-nirock | 2016-01-03 11:10 | LIVE | Comments(2)

12/19 BONNIE PINK @ Zepp Tokyo

9月21日、場所は渋谷公会堂。シンガーソングライターBONNIE PINK(以下ボニー)のメジャーデビュー20周年記念日に開催された一夜限りのスペシャルライヴ『BONNIE PINK 20th Anniversary Live "Glorious Kitchen"』。このライヴは、彼女の赤毛時代(活動初期の頃)の楽曲を軸に構成されたセットリストで、会場に集まったファンと共に20年を振り返り、その一つ一つを噛み締めるような感慨深い内容だった。

ライヴ後半のMCで、長年「ファンと一緒の時を歩んできたことに歌いながら気づいた」という彼女の言葉がとても印象的であったことと、彼女を産み育ててくれたご両親への感謝の言葉の後に、最初期のシングル"Surprise!"を本編ラストに披露した姿を観て、10年前、20年前の自分よりも年齢を重ね、当時のようにいかなくなることもあるけれど、だからこそ、20年という大きな区切りが、初心を取り戻させてくれる、本当の新しいスタートなのだと教えられた。

そして、彼女のデビュー20周年を記念し開催された全国ツアー『BONNIE PINK 20th Anniversary TOUR 2015』、そのファイナルに当たる12月19日、Zepp Tokyoのステージは、まるで彼女のが主催するパーティーに招かれたような弾けた楽しさに溢れ、今のボニーの魅力が存分に味わえるステージだった。

長年、彼女のバックバンドとして活躍する八橋義幸(G)、鈴木正人(B)、白根賢一(Dr)、奥野真哉(Key)(バンド名はBAD BAD BOYS)という名プレイヤーによる貫録の演奏と、ボニーが艶やかな歌声を放つと、一曲一曲がキラキラと輝く宝石のような完成度で、一曲一曲聴き終えるたびに私はいちいち感極まってしまう。

彼女はファンに苦労を見せるタイプではない。関西出身の明るいキャラクターで鋭い突っ込みをバンドメンバーにふっかけながら、和やかにステージを進めていく。けれど、20年間、常に丁寧に曲を作り続け、絶えず愛を注ぎながら、一曲一曲を大切に歌い続けてきたのだろう。ステージ上から終始溢れる多幸感が、逆に彼女の音楽に対する真摯な姿勢を私には見せてくれた。

大ヒットしたシングル曲も、久しぶりに耳にしたアルバムの中の一曲も、どれもこれも名曲揃い。ロックにソウル、ファンクにジャズ。そしてR&Bという、ジャンルレスなボニーの楽曲。その中で主人公たちは、恋に落ちたり、失恋したり、立ち上がったり、へこんだりと忙しい。正しくそれは現代を生きていく人々の生々しい姿である。10年以上ボニーの曲を聴いてきた私にとって彼女の曲は人生の写し鏡であり、ライヴ中に、とあるキツイ失恋の記憶が蘇ってきてしまい、思わず涙をこぼしてしまったけれど、彼女の楽曲から湧き出す親近感には、随分と救われてきたのだなと改めて思った。

しかし、最近の彼女からは、ポジティヴなエネルギーが強く感じられる曲が多く、先日配信された"Spin Big"は、女性らしさの中にも、どこか野性を感じさせるアコースティックサウンドで、一歩外に踏み出す勇気を聴き手には与えてくれる。そんなボニーの楽曲の進化からは、年齢を重ねた分だけ女性は強くなることができ、どんどん余計なものがそぎ落とされ、本当に大切にしたいもの、表現したいものが見えてくるのだと気づかされる。

「来年はアルバムをリリースしたい!」と意気込んでいたボニー。21年目の彼女への期待は高まるばかりだし、またライヴ会場で会えることを私も願っている。



"Spin Big"

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by musicorin-nirock | 2015-12-20 12:16 | LIVE | Comments(0)

11/19 YUKI@日本武道館

千葉・東京・大阪で行われた『YUKI LIVE dance in a Circle '15 』。そのツアーファイナルである11月19日、日本武道館。開演時間の18時半から21時までの2時間半、アンコールなしで行われた怒涛のロングパフォーマンスは、YUKIの代表的なヒットソングのオンパレードで、どこを切り取ってもライヴのクライマックスを迎えているような、壮絶な盛り上がりを見せた。

JUDY AND MARY時代から20年以上女性ヴォーカリストの第一線に居続けているYUKIには、当然ながら、並々ならぬ苦労や努力がある。しかし、常に好奇心旺盛で、何事にも果敢に挑み、ひたすら目の前にいるオーディエンスを楽しませ、愛を歌い続ける姿からは一切、彼女の抱える苦悩など感じさせる余地がなかった。YUKIという楽器が鳴らす音楽は、人間の抱える痛みや悲しみを、そっと優しく包み込む。そして、「私がいるから大丈夫!」「私に付いて着て!」と、オーディエンスの手を取るようステージを展開していくのだ。

YUKIの描く音世界にはネガティヴは存在しない。多幸溢れる空間は、ワクワクする気持ちを思い起こさせ、日々、忙しく生活していると忘れがちなことに、たくさん気づかされていく。好きな人には「好き」ということ。大切な人を大切にすること。そして人を愛すること。YUKIは人が人らしく生きることを、もっと原始的な意味を含ませて、それが自分の使命であるかのごとく、私達に伝え続けていた。

最後の最後に“WAGON”を歌い切ったYUKIは必死で涙を抑えていた。かつて、コンディションが不安定で思うように声が出ない時期もあったが、この日は、私が知っている中でも、これまでのキャリアの中で一番最高の歌声だったのではないかと思った。また、堪えていた涙が突然あふれ出してしまったYUKIも、同じことを思っていたように感じている。

年齢を重ねていけば重ねたぶんだけ、自身の音楽への可能性を広げ、魅力が倍増しているYUKI。それは、自分に対しストイックに接し続けている成果であり、彼女がを成し遂げ続けていることは決して誰もができることではない。しかし、私が10代の頃から一番憧れているYUKIが今もなお、輝き続けていてくれることは、どんなことにも勝る大きな励ましだった。だから、YUKIを聴いていると、かの有名なクラークの言葉『Boys be ambitious』ならぬ『Girls be ambitious』という言葉が私の頭には浮かんでくるのだ。


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SET LIST
1 プリズム
2 ロックンロールスター
3 ふがいないや
4 JOY
5 誘惑してくれ
6 好きってなんだろう…涙
7 キスをしようしょ
8 ハローグッバイ
9 tonight
10 愛に生きて
11 COSMIC BOX
12 ドラマチック
13 Home Sweet Home
14 ハミングバード
15 ひみつ
16 恋愛模様
17 Hello!
18 星屑サンセット
19 Night & Day
20 ランデヴー
21 ワンダーライン
22 鳴いてる怪獣
23 歓びの種
24 WAGON



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by musicorin-nirock | 2015-11-22 17:30 | LIVE | Comments(2)

11/6 Nothing's Carved In Stone@ 豊洲PIT

Nothing's Carved In Stone(以下NCIS)が2015年8月にリリースしたアルバム『円環ーENCOREー』は、同年3月から3か月に渡り開催された、全6枚のオリジナルアルバムを全曲披露したライヴ『Monthly Live at QUATTRO』より、ファン投票で決められた上位17曲を収録するライヴアルバムだ。結果的にバンドの軌跡を辿る内容となっており、ファンと共に作り上げたベストアルバムと言っても良いだろう。そして11月6日、東京・豊洲PITで開催された『円環ーENCOREー』再現ライヴでは、加えて「シングルのc/wも全て演奏する」と事前にアナウンスがあった。つまりNCISは今年、これまでにリリースしてきた全曲を演奏することになった。結成7年目を総括する上でも、新境地を切り開いた7thアルバム『MAZE』制作の上でも、大きく関係しているこのアルバム。激動の2015年最後となるワンマンライヴに『円環ーENCOREー』再現ライヴを行うことは、彼らにとって大きな意味のある出来事だったに違いない。また、会場を訪れたオーディエンスにとっても特別な時間であったと思う。終演後、堂々とステージを成し遂げたメンバーの姿がいつも以上に眩しく、本当に素晴らしい夜だった。


***


ライヴは“Isolation”からスタートし、メンバーは期待溢れるフロアに牙を向け、勢い良く噛みついてきた。気迫のこもったバンドサウンドに煽られたオーディエンスが<Now is everything>とレスポンスをステージへ送ると、村松拓(Vo&G)は拍手で応える。そこに“ツバメクリムゾン”“Crystal Beat”と立て続けに投下され、バンドもフロアも共にヴォルテージが急上昇。そして、流れるような生形真一(G)のリフの裏でトビウオの様に日向秀和(B)のベースが飛び跳ね、大喜多崇規(Dr)が緻密なドラミングを披露した“The swim”。奔放に降り舞う3人が編み出すサウンドに乗る村松の伸びやかな歌声が、会場一面を駆け巡ると一気に開放感で溢れる。

「今日はみんなと一緒に作ったライヴだと思っているので、存分に楽しんで帰って行って下さい」と村松のMCが入ると、次々に曲を畳み掛けていく。しかし、ステージに立つメンバーは肩肘を張るわけでもなく、この時を楽しむことにフォーカスしているように見えた。そして、メンバーから真摯に受け止めようとするオーディエンスのエネルギーも凄まじい。大音量で響き渡るサウンドの中で互いに剥き出しになりながら、今日まで信じ合ってきたことを確かめ合う・・・そういった瞬間がライヴが行われた2時間半の間に何度も訪れることになる。後半のMCでは、ベストアルバムを出すことに自体あまり執着がなかったと漏らしていたが、一曲一曲投げかけるたびに沸き起こる大歓声と、渦巻き続けるフロアの熱量には、メンバー4人手ごたえを感じていたはずだ。

ライヴ中盤に差し掛かった頃には「Nothing's Carved In Stoneとは『何も彫られていない石』という意味。今日はそこに何かを刻み付けていって下さい」と村松が話し、その直後に始まった“村雨の中で”の新鮮な響きは、バンドマンとして生きる彼の姿と重なった。そして真っ赤なライトの下で情熱的に鳴らされた“Red Light”、青いレーザーを駆使したことで美しい音世界を描いた“BLUE SHADOW”と続き、“It means”のアコギの繊細な音色を合図に、ディープな場所へと引き連れていく。そこから“Diachronic”を皮切りに繰り広げられた壮大なステージは、オーディエンスの足元を明るく照らし出すよう、希望に満ちた、とても感動的な時間だった。

ライヴの後半戦には、お待ちかねのダンスタイム。“Idols”と”Spirit Inspiration”の投入で再びフロアの熱気が上昇する中、サイバー感たっぷりの“Out of Control”が激しく揺らし、ファン投票数ベスト1を獲得した“November 15th”では大漁のクラウドサーファーが出現する。スティックを片手にした大喜多の腕と、笑顔で体を揺らし続ける日向に合わせ盛大なハンドウェイブが広がる“きらめきの花”。この光景には何度も遭遇してきたが、やはり胸が熱くなる。そしてチカチカと光り続けるライトをバックに“Shimmer Song”のイントロが流れ出すと、私はあの日のことを思い出した。

5月14日『Monthly Live at QUATTRO 3×6=構築』のステージで、本編ラストの“Shimmer Song”を歌い始める前。村松はこう話したのだ。「俺達まだ全然、俺自身至らないところもあって。ロックバンドとして。もっと成長して、もっとみんなを遠くまで連れていけるように頑張ってるんで、付いて着てください。ありがとうございました」。メジャーからインディーへの移籍が発表されたばかりで、まだ吹っ切れていないものがあったのだろう。悔しさを隠しきれていない表情だったことを私は覚えている。しかし、この5月の出来事を境に確実にバンドはタフになり、急速な進化を遂げた。と同時にリスナーとの信頼も更に深まったことは、9月の発売された7thアルバム『MAZE』が一つの証拠でもある。私の目の前で一段と逞しく鳴り響いていた、“Shimmer Song”。<誰だってそうだろう/孤独な夜を超え/夢見て傷付いて/でも前を見る>と、眩いこの瞬間を歌い上げながら確かな未来を約束するのは、この逆境を乗り越えたNothing's Carved In Stoneそのものだった。彼らはいつだって、こうやって、夢を運び続けてくれるバンドなのだ。

アンコールで、来年5月15日に初の日比谷野外大音楽堂公演の開催が発表されると、この日一番大きな歓声が上がり、祝福感に満ちたフロアには”Around the Clock”が投下されライヴは無事終了。「気をつけて帰れよー!」と村松は笑顔で投げかけステージを去っていくが、この場を離れてしまうことを誰もが名残惜しみたくなるほどに、大きな余韻を残していた。

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SET LIST
1 Isolation
2 ツバメクリムゾン
3 Crystal Beat
4 The Swim
5 Brotherhood
6 Sands of Time
7 Lighthouse
8 Rendaman
9 Bone Age
10 GOD HAND GAME
11 村雨の中で
12 Red Light
13 BLUE SHADOW
14 It means
15 Diachronic
16 Sunday Morning Escape
17 Raining Ash
18 Idols
19 Spirit Inspiration
20 Out of Control
21 November 15th
22 きらめきの花
23 Shimmer Song

ENCORE
1 Chain Reaction
2 Inside Out
3 Around the Clock

以下、『Monthly Live at QUATTRO 』より


1×4=衝動 “November 15th”


2×5=感触 “Out of Control”


3×6=構築 “Brotherhood”



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by musicorin-nirock | 2015-11-18 21:14 | LIVE | Comments(0)

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