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NICO Touches the Walls TOUR 2017 ”Fighting NICO” LIVE REPORT ④(5/6 浦安市文化会館)

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いよいよ幕を下ろす日が来た。全国19箇所20公演を回って来た、NICO Touches the Walls TOUR 2017 ”FIghting NICO”(以下Fighting NICO ツアー)の最終目的地は、彼らの地元である千葉県・浦安市文化会館。この浦安公演は、ツアーの追加公演という意味合い以上に凱旋公演であることが、彼らの胸中に大きく締められていたことは、冒頭のMCで突然言い放った光村龍哉(Vo&G)の第一声ですぐわかった。


「浦安の産んだロックスター、光村龍哉率いるNICO Touches the Wallsです!」


「随分大きく出たわね!」なんて私は驚いてしまったが、今ならこうも言いたくなる光村の気持ちが解らないでもない。かつて光村は中学生の頃に合唱コンクールで、同舞台に立ったことがある。目立ちたがりだった彼は指揮者を担当し、クラスを最優秀賞に導いただけでなくて、最優秀指揮者賞まで獲得したそうだ。そんな初々しいエピソードにもあるように、今ツアーで回って来たどの会場でも味わうことのなかった感慨と緊張、何より照れが大いにあったのだろう。きっと、「浦安の産んだロックスター、光村龍哉率いるNICO Touches the Wallsです!」とでも言っておかないと、誰よりも当時の自分に面目が立たなかったのだと思う。

定刻の17時を迎えると、ステージ背後のスクリーンにプロジェクションマッピングを駆使したオープニング映像が流れる。メンバーが登場し、ライヴの1曲目に披露された”新曲”のイントロでは、光村が手回しサイレンを鳴らし、リズム隊・対馬祥太郎(Dr)と坂倉心悟(B)が地響きのような重めのビートを刻む。この曲を聴くと必ず頭に浮かぶキーワードが私にはあった。それは『捻くれ者』。それこそ「孤独と夜」を歌っていたインディーズ時代から既に10年以上が経つが、バンドの根本的な部分は変わらないのかもしれないと、このツアーで気づかされてきた。引き続き、”B.C.G”、 ”そのTAXI,160Km/h” と衝動的で尖ったナンバーが続くと、観客のテンションは既にMAXを迎えたかの様な盛り上がりを見せ、そこに疾走感溢れるギターロックナンバー”バイシクル”の登場で、ヘヴィな空気が一変。会場は明るくなり、”手をたたけ”が投下されるとさらに賑やかな雰囲気になる。そう言えば、このツアー中に聴いた”手をたたけ”で私は何度か涙腺をやられたが、浦安でもやられてしまった。

一旦MCが入ると、一気にFighting NICO ツアーの核心へと突っ込んで行く。夢の世界で生まれた曲”夢1号”と、心の葛藤を歌う”Diver”は、照明演出が素晴らしい。ムーディな空間の中で幻想的な風景や主人公の心情描写を光村は色っぽく歌い上げ、サポートメンバーである浅野尚志(Key,Vn,G)の鍵盤によって、バンドサウンドには厚みと深みが生まれ、成熟を一番強く感じさせられた2曲だった(”夢1号”のコーラスワークも然り)。そして、”GUERNICA” 、”Aurora(Prelude)”、 ”TOKYO Dremer”と連なる金字塔が建てられる。この3曲については、過去ブログでも散々書いてきたので割愛するが、個人的にはロームシアター京都で聴いた”GUERNICA” の方がアンサンブルに躍動感があったと実感していて、浦安公演では全体的にソフトな印象を持った。

ここまでは、前回観た京都公演と同じ内容。でも、次は浦安公演のハイライト、光村が浦安の景色を歌ったという”ランナー”が披露される。アコースティックギターを抱える光村。彼が10代の頃に作った素朴なメロディに乗る歌詞の一人称が<俺>であることに、ふと「あぁ、背伸びしたい年頃だったのだろうなぁ」と、少しこそばゆい気持ちになる。スピッツの”ロビンソン”に感銘を受け、自分でも曲を書こうと思い立った光村は、この浦安という街で、音楽への純粋な憧れだけを胸にいっぱい抱え過ごしていたのだろう。しかし、あれから15年以上経った今は、音楽が憧れだけでは続けていけない現実を知っている。それでも諦めることなく、当時憧れていた東京の街で、今も戦い続けている。

聴かせることに重点を置いていたようなライヴ中盤だった。そして後半は、クライマックスに向けて、”天地ガエシ”からの”MOROHA IROHA”、"妄想隊員A" とバンドは一気にヴォルテージを上げるのだが、かつての<俺>を<冴えない僕ら>と歌い、<この声が嗄れたって/消せない歌届けたいよ>と、あまりに切実過ぎる想いを曝した”渦と渦”で、私の涙腺は崩壊した。Fighting NICO ツアーのコンセプトは強いて言うなら『好き放題』。だからこそ、メンバーは何かに囚われることもなく自由に演奏していたと思う。ただ、この時は確かに(それまでステージでは姿形を見せなかった)彼らの歩んできたバンドストーリーが、一気に弾けだした気がした。ニコの歌ってきた<僕>は、様々な局面で覚悟を決めてきた<僕>なのだ。

”新曲”で始まったFighting NICO ツアー浦安公演は、また別の”新曲”で締め括ることになる。古村大介(G)の鳴らすギラついたギターのリフから始まるこの曲の聴き所は、光村の気まぐれな指カウントの数でメンバーがキメるという、観ている側もハラハラしてしまう挑発的な間奏部分。あれはアレンジで遊ぶのにも程がある(笑)。それこそ『好き放題』というツアーコンセプトを強く表している曲であり、これがNICO Touches the Walls というバンドの本来の姿、いやバンドのアイデンティティなのもしれない。

アンコールの1曲目の”波”は、浅野を呼ばすにオリジナルメンバーの4人で披露された。この曲は「俺が思う浦安っぽい曲」として、光村が選んだ曲で、偶然だがこの曲の一人称も<俺>。哀愁漂う歌と演奏にノスタルジーを感じてしまい、聴いていくうちに、今度は私自身の学生時代の記憶が紐解かれてしまう。そして浅野を呼び寄せ、ホール公演の名物でもあった、古村ギターと浅野ヴァイオリンのソロ対決も行われる”THE BUNGY”へ。最終ステージでは両者見事な熱演を見せ、レフェリーに扮する光村の勝敗は2人に捧げられた。

最後のMCで発表されたのが、毎年11月25日に開催される「1125(イイニコ)の日ライブ」の詳細だった。今年の開催会場は、都内ではなく同県にある幕張メッセ。例年のチケット争奪戦を考慮して「皆が来れるように」と選別した会場だそうだ。しかし、Fighting NICO ツアーファイナルのステージで、ようやく地元千葉県浦安市に帰って来きたニコが、年に一度のお祭りであるイイニコも同県にある会場で行うこととなったその裏側には、『バンド結成13年目、メジャーデビュー10年を迎える2017年に、全ての始まりの場所千葉でライヴを行う』というもう一つの目的の存在も考えられる。つまり、2017年はニコにとって本当の意味での原点回帰になるのだろう。光村は特別言葉にはしなかったが、バンドが大きな節目を迎えていることは間違いない。

結成から13年の間に着々と増え続けている引き出しの中身を引っ張り出すと、そこには自問自答を繰り返す中で生まれた、多種多様なマスターピースが揃っていた。その中から今のバンドのモードに相応しい曲を手加減なく放出したツアーが、Fighting NICO ツアーである。『好き放題』というコンセプトであるが故、ステージを重ねる毎にメンバーのリミッターはどんどん外れてしまい、本当に自由な姿で音楽と向き合えたからこそ、ステージから漲る自信と、会場一帯を包む肯定感、そして終始一貫の祝福に、浦安市文化会館は満ちていた。だからこそ、ライヴを締め括った最後2曲、信じることの大切さを歌った”ストラト”と、<あとはぜんぶ自分次第>と歌詞を変えた”マシ・マシ”は、観客以上に、歌詞の世界を体現し続けているメンバーの心にこそ、深く響いたのではないだろうか。このライヴは誰のためのライヴだったかと聞かれたら、私は間違いなくメンバー自身の為のライヴだと答えるし、それで良いと思うのだ。だって、誰よりもこの日を待ち望んでいたのは、メンバーなのだから。

「浦安の産んだロックスター」には、最初、笑ってしまったけれど、私はそんな光村を間違いなくロックスターとして見ていた。ライヴ中に何度も片手でエレキギターを掲げた光村は、その時、勝者の顔をしていて、誰が何と言おうがロックスターの顔だった。これから先、ニコはどんな楽曲を生み出すのか。バンドの性格を考えると、こちらの予想を大幅に裏切ってきそうだけど、いちいちバンドに振り回されてしまうことこそが、ニコリスナーとしての醍醐味である。そう気づかされたのも、Fighting NICO ツアーがあったからだ。つまり、それが私は楽しみで仕方がない。


☆☆☆

set list
1 新曲
2 B.C.G
3 そのTAXI,160km/h
4 バイシクル
5 手をたたけ
6 夢1号
7 Diver
8 GUERNICA
9 Aurora(Prelude)
10 TOKYO Dreamer
11 ランナー
12 天地ガエシ
13 MOROHA IROHA
14 妄想隊員A
15 渦と渦
16 新曲

encore
1 波
2 THE BUNGY
3 ストラト
4 マシ・マシ

☆☆☆

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by musicorin-nirock | 2017-08-05 08:41 | LIVE | Comments(0)

NICO Touches the Walls TOUR 2017 ”Fighting NICO” LIVE REPORT ③(4/30 ロームシアター京都)

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平安神宮の大きな赤い鳥居を潜り抜け、てくてくと歩いていると見えてきた、旧京都会館ことロームシアター京都。個人的に京都は何度も遊びに来ている場所だが、ライヴと言う目的では初めての来都となる。

本来ならば、4月2日の東京NHKホール公演で、私自身のNICO Touches the Walls TOUR 2017 “Fighting NICO”のツアーファイナルを迎えるはずだった。しかし、3月11日に長野公演を観終えた時点で京都行きを考え始め、結局、チケットを取ってしまった。

座席を確認すると「3階バルコニー席」とある。このバルコニー席というのは、場合によっては封鎖してしまうこともある場所だ。実際に私の座った席は、視界の左手にメンバーの立つステージ、その反対には2階・3階席が見え、眼下には1階席が広がっている。立ってライヴを観れないこともないが、高所恐怖症の私は着席スタイルで、基本的にステージの方向に体をねじりながらライヴを観ていたのだが、出来心でライヴ中何度か反対側を振り返ってみた。すると「そうか。ステージにいるメンバーは常にこういった景色を眺めているのか…」と、メンバーが日々目にしている光景がダイレクトに理解できたと同時に、普段自分もそこに座る一人であるがゆえ、今までつい癖で腕組みしながらライヴを観ていたことを、猛反省したのは言うまでも無い(笑)。

また、オープニングのプロジェクションマッピングとレーザー演出を始め、かなり凝った演出が楽曲ごとに施されていたFighting NICO ツアー。これは一階席よりも確実に、ホールの上階席から観た方が、立体感ある光と映像の世界を思う存分堪能できるものだと感じた。波打つようにグラデーションする照明が、幻想的な世界へ客席丸ごと導いた”夢1号”や、”TOKYO Dreamer”の曲中で、左右対称に放射される無数のレーザー光線が交差し合うシーンが特に印象的だったが、この日の優勝はやはり、曲の前半と後半でピンクからグリーンの照明に変わる様が、春から初夏へと移り変わりを描いた4月最後の”April”。

MCが一度入っただけのほぼぶっ通し状態の本編から、アンコールまで駆け抜けたニコ。光村龍哉(Vo&G)の歌といい演奏といい、4月の東京・NHKホール公演から見違えるほど良くなってる。噂には聞いていたが、新たに”B.C.G”がセトリに組み込まれていた。フロアを威嚇するかのようなエレキの音色で古村大介(G)がイントロを鳴らせば、対馬祥太郎(Dr)の野性的なドラミングと、絡みつく坂倉心悟(B)のベースラインがフロアに熱風を吹かし、こちらも圧倒されてしまう。ツアーも残すところ今公演と追加の千葉・浦安公演のみ。脂の乗り切った状態で迎えたセミファイナルのステージは、サポートメンバーに加わった浅野尚志(Key.Vn.G)も、前のめりなヴァイオリンを”GUERNICA”では奏でており、対馬が全力振り絞る”MOROHA IROHA”のドラムソロも、過去4箇所観てきた中でもベストアクトにふさわしい出来だ。どの曲の、どこの場面を切り取っても、常にライヴのピークを迎えているようで、少しおとなしめに見えた京都のお客さん達は、勢いのままに突っ走ったニコに着いてくることができたのかと、少し心配にもなった。

京都公演の2週間前(4月16日)に、ニコは佐賀GEILS公演で全国47都道府県ライヴ制覇を達成。バンド結成13年目、メジャーデビュー10年目にしてようやく迎えられたこの日を区切りに、再び走り出した直後の凄まじいライヴを目の前にした私は、本来ならファイナルである場所京都で、一旦、ツアーにピリオドを打とうとしているのだと思った(また、そうでもしないと浦安のステージには立てなかったのだろうということも、後日しみじみ納得するのだが)。そして、アンコールでのMCで、光村が言い放った「好きな音楽をやっているミュージシャンはかっこいい」という言葉は、好き放題やってきた自分達への自負と、これからの決意の表れに聞こえた。光村曰く「好き放題やっている」Fighting NICO ツアーで「自分達はこれでいいんだ」と受け入れ肯定できた瞬間が、メンバーそれぞれにあったはず。そしてまさに京都公演が「そんな瞬間だらけ」だったと強く思った私自身も、その場に立ち会えたことが、ファンとしてこの上ない喜びだった。

***

setlist
1 新曲
2 B.C.G
3 そのTAXI,160Km/h
4 バイシクル
5 手をたたけ
6 夢1号
7 Diver
8 GUERNICA
9 Aurora(Prelude)
10 TOKYO Dreamer
11 エイプリル
12 天地ガエシ
13 MOROHA IROHA
14 妄想隊員A
15 渦と渦
16 新曲

encore
1 THE BUNGY
2 ストラト
3 マシ・マシ
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by musicorin-nirock | 2017-07-19 22:27 | LIVE | Comments(0)

NICO Touches the Walls TOUR 2017 “Fighting NICO” LIVE REPORT ②(4/1-2 東京NHKホール)

東京都・渋谷にあるNHKホールでNICO Touches the Wallsのライヴを観るのは2013年に開催された全国ツアー『Shout to the Walls!』以来、約4年振りのことだった。

4月1日2日の2日間に渡り開催された、TOUR 2017 ”Fighting NICO”(以下Fighting NICOツアー)NHKホール公演。初日のチケットはソールドアウトが発表され、メンバーは嬉しい事実を胸に、気合い十分漲らせていたのだろう。オープニングからリミッター振り切る勢いで、フロアに畳み掛けてくる。

特に古村大介(G)は、終演後には燃え尽きてしまうんじゃないかと心配になるほどの、躍動感あるギタープレイで魅せていった。フロントマン光村龍哉(Vo&G)とは別の位置からフロアを牽引し、誰よりも高いテンションのまま突き進む。一昨年には右手首を負傷するアクシデントにも見舞われたが、それ以降の古村の変化/成長のスピードは速い。このツアーでもギタリストとしての覚醒が、ステージの回数重ねる度に繰り返されていると気付く場面が多かった。

シングル曲を中心に、初期楽曲から最新曲までを網羅するセットリストには、無意識のうちにニコの軌跡を振り返ってしまう瞬間も訪れ、感慨深い気持ちに駆られるときもあった。しかし、今回もサポートメンバーである浅野尚志(Key,Vn,G)がメンバーの一員となったことで、馴染みの曲にも新しいエッセンスがじゃんじゃん加わり、私達が知っている方向には進まないから面白い。光村の成熟された歌声からも、曲のリリース当時の歌声とはひと味もふた味も違う魅力が味わえた。

愛知では、”GUERNICA”の後に”錆びてきた”→”アビダルマ”が入り、坂倉心悟(B)と対馬祥太郎(Dr)が一旦ステージ袖に掃けると、光村の歌と古村のエレキギター、そして浅野の鍵盤のみで”Aurora(Prelude)”を披露。しかし、この日は”GUERNICA”→”Aurora(Prelude)”→ ”TOKYO Dreamer”という曲順に変更され、坂倉と対馬もステージに残ったままだ。

NHKホール公演の前に観た長野も同じ曲順だったが、途中でライヴ中断があったために、完全に3曲通したライヴは初見。しかも、ここで私は強烈なインパクトを受けてしまった。曲間をうまく繋ぎ合わせたアレンジが施され、音楽性も歌詞の世界観もバラッバラな3曲なのに、不思議な一体感が描かれていたこと。同じメンバーが演奏しているから当然と言えばそれもそうだが、ニコはかなりディープな部分をステージで曝け出し、正に「バンドの神髄」のようなものを私は観た気がしたのだ。

***

そして翌日(4月2日)は後半の2曲だけ入れ替わり、前日とは殆ど変わらないライヴ内容だったのだが、それが功を奏したのか、時間を空けずに同じライヴを観たことで、今回のツアーの魅力が面白いくらい、浮き彫りになってきた。

場内が暗転するとサイレン鳴り響く”新曲”から、フロアに噛みつくよう”チェインリアクション”を投下し、色気で魅せる”そのTAXI,160km/h”へと続く。すると、攻撃的な姿勢から一転、浅野もギタリストで参加した疾走感溢れる”バイシクル”で、わっと会場が明るくなり、次に始まったのは”手をたたけ”だ。自然と沸き起こるハンドクラップに応えるよう光村が歌い出すと、会場に溢れかえる多幸感と祝福感。このとき、予想外にも私はグッときてしまい、しかも、つい最近のニコのライヴでも、同じような光景を観ていたことを思い出した。

そのライヴとは、昨年11月25日に開催された『1125の日ライブ』だ。インディーズ時代に発表した2枚のミニアルバムを再構築するというテーマを設け、孤独と夜の世界を再現させる、近年稀にないヘヴィなライヴをニコは繰り広げたのだ。しかしアンコールでは、バンド結成から10年以上掛けて開拓した新境地”マシ・マシ”と”1125のテーマ”を披露し、ライヴ本編にはない圧倒的なポジティヴなエネルギーで、ライヴハウスを力いっぱい包み込んだ、まさにあの光景と重なってしまったのだ。

前日の余韻もさることながら再び観ることとなった、”GUERNICA”→”Aurora(Prelude)”→”TOKYO Dreamer”の3曲は、極端な話、このパートさえ観れば「NICO Touches the Wallsとはどんなロック・バンドなの?」という疑問も解決出来るほど重要なパートであり、セトリの核と言ってもいいだろう。

浅野のヴァイオリンが加わるだけで、威風堂々とした風格を漂わす”GUERNICA”は、バンドのマニアックな側面の象徴。オーロラカラーのレーザーに包まれ、光村の歌に大きくスポットが当たる”Aurora(Prelude)”は、楽曲が生まれる場所=ニコの原点だ。そして、その後の”TOKYO Dreamer”は、オルタナティヴな”GUERNICA”とは対極にある場所、メインストリームで戦うバンドの今の姿。

別記事にも書いたが、Fighting NICOツアーのセトリは、ニコの明るい側面も暗い側面も、王道もマニアックも、偏ることなく並列された内容だ。ライヴの前半を振り返って見ても、オープニングからの3曲と、後の2曲とはトーンもテンションも明らかに違うのだが、ニコは『対極にあるモノ同士が共存する特異な音楽性こそが、自分達のオリジナリティーであること』をこのツアーでは提示し続けている。かつてはこの性質を「宿命」として、重たく背負い込んでいた印象もあったが、今、目の前のステージに立つ4人と浅野からは、シンプルに「本当に音楽が好きでやっているロックバンド」にしか見えない。そして、なぜそう見えるのかと言うと、ニコはすでに別ステージに上がり、新たに進むべき道を行き始めていたからだと思う。愛知公演のとき、散々聴いてきた”天地ガエシ”で、めちゃくちゃ感動してしまったその理由も一頻り考えてみたのだが、最終的には辿り着いた答えもこれだった。

アンコールでは「今回のツアーが好評で」という前置きのあとに、彼らの地元である千葉・浦安市での追加公演も発表。バンド結成から今日までを深く思うと、ハラハラと涙が零れた。バンド史上一番良い状態で、かつ確実にメンバーは手応えを感じながら、全国各地を回っているFighting NICOツアー。私は行く予定のなかった京都ロームシアター公演へ行く事を心に決め、おこがましいようだが、日本中のロックバンドリスナーがこのツアーを観るべきだと思いつつ、会場を後にした。

***

setlist(4月1日・2日 東京NHKホール)
1 新曲
2 チェインリアクション
3 そのTAXI,160km/h
4 バイシクル
5 手をたたけ
6 夢1号
7 Diver
8 GUERNICA
9 Aurora(Prelude)
10 TOKYO Dreamer
11 April (2日 ブギウギルティ)
12 天地ガエシ
13 MOROHA IROHA
14 妄想隊員A(2日 Broken Youth)
15 渦と渦
16 新曲

encore
1 THE BUNGY
2 ストラト
3 マシ・マシ
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by musicorin-nirock | 2017-07-14 12:00 | LIVE | Comments(0)

NICO Touches the Walls TOUR 2017 “Fighting NICO” LIVE REPORT ①(3/5愛知県芸術劇場・3/11長野CLUB JUNKBOX)

「これはすごいツアーになるぞ。」

3月5日。愛知県芸術劇場にて開催されたNICO Touches the Walls TOUR 2017 “Fighting NICO”(以下Fighting NICO ツアー)が終演し、急ぎ足で乗り込んだ新幹線の中で思った。彼らのライヴに通い始めて今年で5年目を迎えるが、今まで観てきた数々のライヴの感動を覆すくらいの衝撃と興奮が体中を巡っている。

「彼らのステージでは滅多に披露されない曲が、次々と投下されたセットリストだったからだろうか?いやいや。あのレーザー演出を駆使したオープニングに斬新さを感じたからだ。…う~ん、それより何よりタイトルすら未確定の新曲でライヴの幕を開け締め括るという、自ら爆弾を放り投げるようなことをするなんて」。のっけから新曲を挑発的に畳み掛けてきたその姿は、世間に対して中指を立てた捻くれ者。そう、彼らのインディーズ時代の楽曲に通ずるものを強く感じていた。

だからこそ、ライヴ中に思い出したこともある。昨年リリースしたアルバム『勇気も愛もないなんて』以降「明るい歌を歌いたい。自分が歌っていて楽しい曲を歌いたい」と光村龍哉(Vo&G)が公に話し始めたことだ。

かつての私だったらきっとここで、矛盾を指摘したかもしれない。
けれど、そんなことびくとも思っていない。

愛知のライヴで一番感動した曲がある。それはレア曲でもなく新曲でもない。近年、観てきた彼らのライヴで、聴かない時はほどんどなかったであろう“天地ガエシ”だった。ギターを弾く手を止め、両手を大きく広げ天井を仰ぐように歌う光村の姿が観えたときには、リベンジ掛けて自らにムチを打ち続けた世界とは全く違う世界が広がっていた。のびのびと気持ち良く放たれた歌声は、会場一帯を澄み切った青空に塗り替えたのだ。

例えこの日しかツアーに参加できない状況に居たとしても、後悔はないだろうと思った。急遽ライヴ参加を決め、手に入れたチケットの座席は4階席。念のためサッカー観戦用の双眼鏡を持参したが、ライヴが始まってしまえば、案の定、バッグの中へと押し込む始末。遠く離れたステージに立つ5㎝ほどのメンバー光村、古村大介(G)、坂倉心悟(B)、対馬祥太郎(Dr)、今回特別にサポートメンバーとして加わった浅野尚志(Key,Vn,G)の5人で鳴らす音さえあれば、それ以外のものは必要ないと思えるほどに、ステージから溢れる音の力に圧倒されてしまっていた。

***

set list(3月5日 愛知県芸術劇場)
1 新曲
2 チェインリアクション
3 そのTAXI,160km/h
4 ビッグフット
5 バイシクル
6 Endless roll
7 夢1号
8 GUERNICA
9 錆びてきた
10 アビダルマ
11 Aurora(Prelude)
12 TOKYO Dreamer
13 天地ガエシ
14 MOROHA IROHA
15 渦と渦
16 新曲

encore
1 マシ・マシ
2 THE BUNGY
3 ランナー


***

Fighting NICO ツアーでは後日発表された追加公演を含め、ライヴハウスとホール、合わせて全国20箇所の会場を巡る。ツアー初日(2月21日)はライヴハウス、HEAVEN'S ROCK さいたま新都心VJ-3で迎え、ホール公演の初日となったのが、先の愛知県芸術劇場。今回、私が唯一参加したライヴハウス公演が、3月11日開催の長野CLUB JUNKBOX公演。キャパ400人クラスのライヴハウスでニコを観ること自体が久しぶりで、この日をとても楽しみにしていた。

場内が暗転すると、目の前にある頭と頭の間からひょっこりメンバーの上半身が現れる。ライヴハウスでは浅野を呼ばずに4人でステージに立ち、光村がサイレンを鳴らす”新曲”でライヴはスタート。対馬の力強いドラムと坂倉の爪弾く低音が、地響きのように体に伝わってきた。会場であるJUNKBOXは天井が低い。だから、ステージから沸き上がる熱量と、観客が密集するフロアとの熱量はあっという間に混じり合い、とにかく暑い。

セットリストにも変化が見られた。前半から“バイシクル”→“THE BUNGY”→“Diver”と歴代シングルが続き、しかし、約10分近くもある“GUERNICA”がセトリの重鎮であるかのように異色を放ち登場。気まぐれの選曲ではなかったようだ。

すると「ジリジリジリジリ!」と当然、大音量で鳴り響く警報音。

新曲でサイレンを鳴らしたニコである。始めはライヴハウス用の演出の一つなのかと私は勘違いしたが、異変に気付いたメンバーは演奏をストップ。「どいてください!」と声を上げる1人のスタッフが、観客をかき分けステージ袖へと駆けつけた。原因は、ステージに炊かれたスモークが火災報知器に反応してしまったことだった。電源が元に戻るまで数分時間を要したが、見事にバンドは持ち直し“GUERNICA”の間奏部分からライヴは再開。そして、“Aurora(prelude)”を光村がエレキ一本で弾き語った後に“TOKYO Dreamer”へと続いた。

あの時、ヒヤっとした気持ちが先走り、思わずスマホを覗き込んでしまったのは、この日でちょうど東日本大震災発生から6年目を迎えたからだ。2011年3月11日を境に、明らかに意識が変わってしまった私にとっては、ステージ上のトラブルだったとは言え、あまり笑えない出来事でもあった。

日本中の人が傷付き、今でもなお哀しみを抱え生きている中で、3月11日にライヴをするとなれば、選曲にしても、MCの言葉一つに選ぶにしても、普段のライヴ以上に慎重になるだろう。しかし、復興を謳うライヴではないし、本来のツアーの趣旨を曲げることのない内容であったが、日常を慈しむ歌詞が胸を打つ“April”がツアー初登場の場であったことや、アンコール1曲目には震災を経て生まれた曲“手をたたけ”が披露されことから「特別な想い」が感じられた。そして、アンコール時のMCで光村は「自分が今伝えるべきこと」を話したのだ。

『今日で震災から6年目を迎え、歌詞を噛み締めながら歌っていた。そして、どの歌も自分に向けて歌ってきたんだなって気づいた。こうして人前に立つ仕事をしているし、リア充に見えるかもしれないけれど、ステージに立ちたくない日もあるし、一日寝ていたい日だってある。(自分は)教祖でも何でもない。でも、こういう気持ちを歌にしてきたんだなって。そして、それが聴いている皆の力になるならそれでいい。音楽はそういうものだと思っている。俺たちは好きな音楽をやっていくから、みんなも好きなことをして。きっとうまくいくから』(注:要約してあります。)

アンコール2曲目“ストラト”が未だかつて無くリアリティを帯びつつ胸に届いたのは言うまでも無い。<金はないけど買ったスニーカー>だって、<7日そこらでなくした財布>だって、歌詞の中に全てのパーツが光村自身の姿なのだろうと腑に落ちた。普段ステージでは見せない、NICO Touche the Wallsという舞台から降りた姿をさらけ出したことで、今までにない説得力を感じさせる素っ裸な“ストラト”だった。

ライヴ中断によって確実に時間を喰っていただろうし、“ストラト”前のMCの内容からして、今回のアンコールは2曲で終わるものだと観客のほどんどが思い込んでいたと思う。しかし、そんな残念な気持ちを遮るかのように、突然マイクを握りしめた光村がフロアに身を乗り出し、“マシ・マシ”を歌い始めた。古村の軽やかなエレキを伴走に、楽器を下ろした坂倉と対馬も光村の隣でハンドクラップしながら、<あとはきみしだいです/あとはきみしだい>と観客と一体になり歌っている。

…この距離感の近さは、今までのニコのライヴで感じたことのない類いの近さだった。当然、先日4階席から観たときよりも、狭いライヴハウスの方がメンバーとの実質的な距離は近い。だが、そういうものをニコは観客に見せたいのではないような気がした。”マシ・マシ”を歌とギター一本に絞った理由は「曲の本質部分で観客と繋がりたい」という願いがあったのだろうと思った。

***

set list(3月11日 長野 CLUB JUNK BOX)
1 新曲
2 チェインリアクション
3 そのTAXI,160km/h
4 バイシクル
5 THE BUNGY
6 Diver
7 夢1号
8 GUERNICA
9 Aurora(Prelude)
10 TOKYO Dreamer
11 April
12 天地ガエシ
13 MOROHA IROHA
14 Broken Youth
15 渦と渦
16 新曲

encore
1 手をたたけ
2 ストラト
3 マシ・マシ

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by musicorin-nirock | 2017-06-11 22:32 | LIVE | Comments(0)

8/26 IN A LIFETIME 2016 Presents GRAPEVINE × TRICERATOPS @ 東京・渋谷NHKホール

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2014年にGRAPEVINEはセカンドアルバム『Lifetime』のリリース15周年記念として、アルバムの再現ライヴを行った。そして、2016年にはその第2弾として、1998年にリリースのファーストアルバムの再現ライヴ「IN A LIFETIME」を、バインと同じ1997年にデビューを果たしたトライセラトップスと共に対バンツアー形式で開催。

私は8月26日東京・渋谷NHKホールで迎えたツアー初日と9月10日大阪・オリックス劇場、そして追加公演である9月17日東京・お台場Zepp DiverCityの3公演を観に行ったのだが、今回は初日のNHKホールのライヴについて書いていこうと思う。

***

先行はトライセラトップスだ。

バンド名がタイトルとなった彼らのファーストアルバム『TRICERATOPS』。20代男子のリアルな恋愛事情が綴られる全10曲には、当時流行っていた髪型(”彼女のシニヨン”)や、好きな女の子のライターに見知らぬ男とのプリクラが貼られていたり(”オレンジライター”)と、90年代後半のファッションや文化を感じさせる楽曲に目を引かれるが、40代を迎えたトライセラが歌い演奏する『TRICERATOPS』の楽曲群は、不思議なことに、どれもこれもが大人のラヴソングとして聴こえてきた。

一番変化したのは和田唱(Vo&G)の歌声だ。恋愛の甘さも苦みも知っているからこそ、男らしくセクシーに歌い上げ、佇まいもジェントルマン。ギタリストでもある彼は、味のある音色でギターを鳴らし、唯一無二の存在感でオーディエンスを魅了する。そして林幸治(B)の重厚感あるベースと吉田佳史(Dr)によるワイルドなドラミングと共に爆走。疾走感溢れる骨太ギターロックからデビュー曲”Raspberry”に代表されるディスコまで、デビュー当時から一貫して崩さなかった姿勢は、トライセラ流の成熟されたロックン・ロールとなり盛大に響き渡る。

和田は、コール&レスポンスやハンドクラップを積極的にオーディエンスに求め、ライヴの舵を取ってゆく。林も手が空けばハンドクラップをしたり、吉田もスティック握る手を振り上げフロアに合図を送ったりと、客席とのコミュニケーションを何よりも大切にしている。それはMCでも言えることで、和田の軽妙なトークに会場が沸くと、さらにタイミング良く吉田が絡み、再び会場は爆笑の渦。そんな2人を止めようとしない物静な林なのだが、何か話題を降られ話し始めると、笑いを取る確率はほぼ100%(笑)。基本的に3人ともサービス精神旺盛な性格なのだろう。細部にまで拘り抜いた、お客さんを1人残らず楽しませようとする「パフォーマンス力」のレベルはかなり高い。

そんなトライセラにも、数年前には存続危機が訪れていた事もある。バンドを長く続けていく上での苦労やネガティブなものをステージ上では曝け出すことはないが、過去を乗り越えファーストアルバムの再現ライヴを行ったことは、リスナー以上の感慨深さが彼らにはあったと思う。今回の見事なステージは、困難な時代を経たことで磨かれた賜物であり、だからこそ今のトライセラをより輝かせ、私達の目には魅力的に映るのだろう。

そして後攻GRAPEVINE。

ファーストアルバム『退屈の花』の1曲目”鳥”からライヴはスタートした。18年前(2016年当時)よりも柔らかくなった田中和将(Vo&G)の歌声と、落ち着いた物腰で鳴らされるあたたかなサウンドが響き渡ると、会場一体が多幸感でゆったりと包み込まれていく。まるで古いダイアリーを1ページ1ページ読み返すような丁寧な演奏が続き、MCもほどほどに黙々と演奏するメンバー。しかし次第に最近のライヴにはない独特な空気が広がり始める。

田中もMCで話していたが『退屈の花』は、当時の自分達を大人っぽく見せようとして作られたアルバムである。ブラックミュージックやルーツロックを主軸とする渋い趣味嗜好の楽曲が連なっているが、若者らしい視点で田中が綴るまだまだ青い歌詞からは、彼らが生きた1998年が色濃く残り、過去作品の中でも群を抜いてノスタルジー色が強いという一面もある。

現在バインはオリジナルメンバーである田中、西川弘剛(G)、亀井亨(Dr)の3人とサポートメンバーの金戸覚(B)、高野勲(Key)が加わった5人編成で活動しているが、彼らはステージ上にかつてのメンバー西原誠(B)の気配を感じさせる「4人のサウンド」として完全に成立させてしまっていた。実際は、色々と小細工を仕掛けていたことを後日確認したが、当時の音作りやアレンジを新たに塗り返すことなく、かなりの割合で似せて再現しているのではないかと思うほどに、初回に観た衝撃を暫く忘れることができなかった。つまり、それを再現できたことは、大人っぽく見せようとしていたアルバムをバンドは追い越すことができたからで、ラストの”熱の花”では、それまでノスタルジー一色だった客席を強引にも1998年から2016年へと引き戻すような凄まじい轟音を放ったまま、メンバーはステージを去ったのだが…観ていた側としては少し頭の中を整理する時間が欲しいくらい、いわゆる混乱状態に陥ってしまった。 


デビュー当時、バインとトライセラは「陰のバンド」と「陽のバンド」として比較されていたという。とは言え2組の最新アルバムを聴いてみても、相変わらずバインは「陰」でトライセラは「陽」。ライヴとなれば、その世界を更に深化させたものとなり、実際に立て続けにライヴを観ても、目や耳でわかる共通項はそんなに無く、本来この関係性はただの『同期』と呼ぶのかもしれない。しかし、バインとトライセラの場合、我が道を貫き前進してきたことによって独自のスタイルを創り上げた『同志』であり、そこに絶対的な自信があることを理解し合える大切な存在なのだ。メンバー総出演で行われたアンコールの最後に、田中が「是非、和田唱に歌ってもらいたい」とのことでポール・マッカートニーの名曲”Maybe I'm Amazed”が披露されたことがその象徴と言えるだろう。ロックン・ロールへの敬愛に溢れる壮大なバラードには、互いの肩を叩き合うような労いを感じ、また、長くバンドを聴いてくれているファンへの感謝や、同じ時代を生きる音楽仲間への激励とも受け取れた。

バンドを長年続けてきたことで得られた喜びや楽しさをファンと一緒に分かち合う、祝福感に満ちた、とても幸せな夜だった。どちらのバンドにも危機は訪れているし、当然今だって背中合わせである。しかし、彼らは乗り越え、地道ながらも確実に未来への歩みを止めなかった。例えば、その理由を訪ねてみたとしても「バンドしか、音楽しかなかったからだ」とあっさり返されそうだけど、こんなシンプルな答えが似合うバンド、そうそういないだろう。

そして、2017年。バインとトライセラは遂にデビュー20周年を迎えた。

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by musicorin-nirock | 2017-06-04 10:00 | LIVE | Comments(0)

4/2 NICO Touches the Walls TOUR 2017 "Fighting NICO"@東京NHKホール LIVE REROPT

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東京・渋谷にあるNHKホールで開催されたNICO Touches the Walls TOUR 2017 Fighting NICO”(以下、Fighting NICOツアー)に参加するのは、これで回目になる。ホール公演を観るのはなんと回目で、まぁ行き過ぎだよなと苦笑いしつつも、何度も観たくなるくらい、これまで観てきたニコのどのツアーやワンマンライヴよりも、Fighting NICOツアーを私は魅力的に感じている。そしてこの日は少し特別だった。参加したホール公演のうち唯一取れた階席。視線の先には、ヴォーカルマイクが凛とステージに立っていた。

SEが突然鳴り止むと場内は暗転し、赤いレーザーの光が客席に放たれ、バックスクリーンにはイラストが浮かび上がる。このオープニングは過去回ホールの上階席から見下ろしてきたが、階席から眺めていると、立体的な光の空間の中にいる感覚に陥り、宇宙系アトラクション乗車前みたいなワクワク感でいっぱいになった。

今回のFighting NICO ツアーのホール公演では、オープニング以外でもかなり凝った演出が施されている。音に合わせて照明やレーザーを駆使し、一つの世界観を創造することは、かつて光村龍哉(Vo&G)が「やりたい」とTwitterで呟いていた『ロックオペラ』に到達するまでの階段を着実に上っている証拠だろう。

颯爽とメンバーが登場し、光村が鳴らすサイレンが反響する未発表の“新曲”でいきなりライヴはスタート。“チェインリアクション”、“そのTAXI,160km/h”とノンストップで曲が続く。坂倉心悟(B)のソリッドなベースラインを強調させたイントロから、光村がセクシーな歌声を聴かせる大人な姿へと変貌した“TAXI~”の登場には当然のように大歓声が上がり、ニコの初期楽曲が未だ強い支持を得ていることを実感できた。しかし、原曲にほぼ近いアレンジの“バイシクル”が投下され、サポートメンバー浅野尚志(Key,Vn,G)の鍵盤が加わったことで、一層軽やかな“手をたたけ”では、会場が一気に明るく開放感で溢れ返り、前半のピークと言い切れるほどに、とても感動的だった。

再びシングル曲である“Diver”と“夢1号”によって「孤独と夜」の世界が広がり、浅野のヴァイオリン投入により壮大な世界を描いた“GUERNICA”は演奏時間が10分以上あっただろうか。そして、この日唯一のバラードナンバー“Aurora Prelude)”はオーロラカラーの美しいレーザー演出と共に披露され古村大介Gのエフェクトを掛け浮遊感を与えたギターストロークと対馬祥太郎(Dr)の叩くスネアを軸にアレンジを再構築させた“TOKYO Dreamerへ。基本的に曲と曲の間を繋げ、空白を作らない構成になっているため、ステージに吸い込まれるよう、ただただ見入ってしまう。

…と、ここで改めてセットリストを振り返ってみると、オープニングは“新曲”→“チェインリアクション”→“TAXI~”でまずは攻めの姿勢を見せ、ニコの顔とも言える定番曲“バイシクル”→“手をたたけ”へと続き、“Diver”→“夢1号”という「孤独と夜」を歌うシングルを投下。さらにコアな部分に突っ込むようGUERNICA”を登場させて、“Aurora Prelude)”→“TOKYO Dreamer”によって明るく、開放へと導く流れになっている。セトリの半数がシングル曲で構成され、残りが新曲とレア曲なのだが、元来ニコが任せ持つ2面性、つまり、バンドのマニアックな側面と王道が交互にアプローチできており、バランス良く耳へと届く仕組みが完成されている

かつてニコは「孤独と夜」のバンドと言われていたが、今では「勇気と愛」という対極にあるもの歌うようになり、音楽性に関しては「メインストリーム」と「オルタナティヴ」を行き来する、稀にないバンドである。ゆえに、例えば二コをあまり知らない人が、初めて彼らのライヴを観たとき、その内容がどちらかに偏っていたら、確実に勘違いだけで終わってしまう。私はそれを危惧しているが、何よりもまずニコ自身がステージ上で、その2つの顔を堂々と見せていかなければ、リスナーへの説得力は(厳しいことを言うようだが)生まれない。しかし、Fighting NICO ツアーではこの面性が偏ることなくアプローチできており、メンバーも分け隔てることなく、自然体でパフォーマンスができている。これはセトリ前半に限ったことではないので、この2面性をポイントに於いて、以下後半部分も読み進めていって欲しい。何より、これが冒頭で述べたFighting NICO ツアーを魅力的だと感じる、私なりの理由なのだ。

光のカラーグラデーションをバックに光村・古村・対馬のコーラスが美しく響き渡った“夢号”。確かこのコーラス部分は英ロックバンド・10ccにインスパイアされたものだと音楽雑誌で読み知ったが、「10cc1020の子達のほどんどは知らんやろ」とツッコミを入れたことを覚えている。しかし洋楽からヒントを得て、自分たちのサウンドに積極的に反映させる性格は、今やニコの強みであり、プログレっぽいGUERNICA”や、「亡きチャック・ベリーに捧げる」“ブギウギルティ”についても同じ事が言えるが、先にも述べた通りニコはメインストリームで戦うロックバンドが鳴らす音らしくない音も、平気で演奏するバンドだ。よって、再び浅野によるヴァイオリンが入ったことでアイリッシュ感が増した“天地ガエシ”は、元々オーガニックなダンスナンバーとして作られた曲だけに、その本質が開花されたのか、とにかく聴いてて気持ちが良い。

ニコは曲で好き放題遊んじゃうバンドであり、そこにもう人加わってしまえばさらに遊び心に拍車が掛かる。そんな彼らのMAX好き放題が形になった曲が“MOROHA IROHA”だろう。光村の身振り手振りしまくるヴォーカルは見応えがあるし、CD音源には収録されていない対馬の豪快なドラムソロも、曲中に大きな拍手も上がるほどに聴き応えも抜群だ。

それでも、ここでストレートな一球“Broken Youth”が投げられると、リベンジを掛けた二度目の日本武道館公演の記憶が一気に蘇ってしまい、“渦と渦”のイントロが聴こえたときには、どう抗おうとも、延期になってしまった初の大阪城ホールワンマン公演を、無事昨年5月に成し遂げるまでの日々が思い浮かんできてしまう。ニコは様々な時代を歩んできたが、どちらかと言えば厳しい時を長く生きたバンドに思う。しかし、どんな状況にいたとしても、ステージに立つ人から伝わってきたことは、音楽が、バンドが、ニコが好きなんだという事実。己に降りかかる出来事を何一つ無駄にない、いや、そうは絶対にさせないで巻き返そうとする泥臭い姿は、それがテレビアニメのテーマソングだったとしても、ニコは確実にぶち込む。何食わぬ顔をして生き様を刻みつける。そうやって自らの王道をニコは築き上げてきたのだ。

そして、いよいよ本編ラストであるが、なんとここでも未発表の“新曲”が登場。個人的に過去20年近く色々なロックバンド/シンガーのライヴを観てきたが、こんなの初めての経験である。また、この新曲が曲者だった。ギターのイントロとフックのあるサビの耳に張り付くようなメロディと、間奏で光村の出す指カウントにドキドキ&ニヤニヤしている後ろ4人の表情が忘れられない。

***

ツアーTシャツに着替えたメンバーが再びステージ登場し、古村は自分のスマートフォンを、立ち位置の左手に設置している。アンコール曲目は“THE BUNGY”。一番の見所である白熱のギター古村VSヴァイオリン浅野バトルは、人が交互に見せた「やった!」「やられた!」の表情に当然観てるこちらも熱くなり、そこからの古村ギターソロでは、膝立ちでステージすれすれまで滑り込んでからのプレイ。彼は前々から動くギタリストだとは思っていたが、近年さらに開放的になり、それがすごく良い!

曲が終わると、来る5月6日に彼らの地元、千葉県・浦安市文化会館での追加公演が発表された。今回アンコールのMCで光村は、『好きなことをすること』について話してきたが、凱旋公演の決定を報告した後だからこそ、彼の言葉にも一層の力が込められていたように感じた。


今、好きなことが仕事にできて幸せだ。
しかし、好きなことを仕事にするとは、毎日が戦いだ────

音楽の世界で生きていくために、どれほどの努力と根性が必要であるかを、ニコや他のバンドを追い続けていく中で、 散々思い知らされてきたが、そういう自分の立場を面と向かってリスナーに話すことは、光村の場合、今までなかったはずだ。しかもこの日は自分のような立場にはなれない、好きなことだけをやれない人に向けてのエールも贈られた。「困ったことがあったら、いつでも、俺らの背中を観に来て」という極めつけの一言とともに。

実際、好きなことをだけをやれない、好きなことが仕事にできない立場にいる人の方が圧倒的に多いと思う。かく言う私もその人で、いつからか「音楽ライターになりたい」と思ったはいいけれど、まんまと理想と現実に挟まれチャンスを自ら逃してしまったことがある。「潔く諦めたほうが幸せなのかもしれない」と肩を落としたこともある。けれど、Fighting NICO ツアーが始まってからの約1か月半の間に、夢を諦める必要などちっともなくて、自分に正直に生きることが大切だと気付かされた。「やっぱり私は目指している場所に行きたいんだ」という本心とも改めて向き合えた。それは、光村のMCに背中を押されたことも大きいが、何より自分たちのやりたい音楽を、無理なくやれているニコの姿がいつになく眩しかったからだ。

ニコは険しい道のりのなかで、人一倍背伸びをし、散々小難しいことをやってきた。しかし、今回のFighting NICO ツアーでは、そんな彼らの奮闘劇が確実に肯定されている。自分たちの理想を形にしている今のニコは、最高にかっこいいのだ。


さあ 何度もダメになったって
ゼロから始めるさ 
正解はもう辞書になくたって 
戦うだけなのさ      
         ──“ストラト”より

“ストラト”が終わり、アンコールラストの“マシ・マシ”では、<きみしだい>を<自分次第>に変え、声高らかに光村は歌う。その言葉もバンドサウンドも、いつになく胸に深く響いた。最後の曲は、聴けば聴くほど私自身との距離が縮まっているような気がして、ライヴが終わってからも毎日聴いている御守りのような曲になった。


***

私は2014年2月にニコが開催した『カベニミミ』を観たことがきっかけで、音楽ライターという夢をみつけ、そのおかげで、当時抱えていた孤独を解放できた。だからこそ、バンドを追うだけの立場にいるのではなくて、自分自身をしっかり生きようと奮い立たされ結果、ブログを書いたり、原稿をコンテストに応募したりと年甲斐もなく続けていた。けれど、思うような結果をしばらく出せていなかった。また、若い才能を知ってしまうと、自分は「時代遅れ」なような気もしてきて、さらに落ち込んでしまい、最近はもうずっとずっとその繰り返しだった。

それでも、こんな日々もいつかきっと形になるのだと信じよう。

数年後、ふと今を振り返ったときに「こんな頃もあったよなぁ」と笑えるようになりたい。その時、例え自分がどんな状況にいたとしても、出来る限りの努力をしてきた事実さえあれば、きっと後悔もしないはず。そして、ニコと張り合えるくらい、私も自分をアップデートできていたら最高だな。それを確かめるためにも、彼らがステージに立ち続けてくれる限り、私はニコのライヴを観に行こう。


セットリスト 
新曲 
2 チェインリアクション 
3 そのTAXI,160km/h 
4 バイシクル 
5 手をたたけ 
Diver
夢1号 
GUERNICA 
AuroraPrelude
10 TOKYO Dreamer
11 ブギウギルティ 
12 天地ガエシ
13 MOROHA IROHA 
14 Broken Youth
15 渦と渦 
16 新曲
アンコール
THE BUNGY
2 ストラト 
3 マシ・マシ




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by musicorin-nirock | 2017-05-14 00:41 | LIVE | Comments(0)

3/5 NICO Touches the Walls TOUR 2017 ”Fighting NICO” @ 愛知県芸術劇場大ホール

以下、ネタバレ込みの内容になっていますので、ご注意ください。




2月21日、HEAVEN'S ROCKさいたま新都心VJ-3公演を皮切りに始まったNICO Touches the Walls TOUR 2017 ”Fighting NICO”。

私が訪れた愛知県芸術劇場はツアー初のホール公演であり、私にとってのツアー初日。この日を迎えるまでは、セットリストにも、ライヴ内容にもなるべく触れないように過ごしてきた。

昨年のアルバム『勇気も愛もないなんて』のリリースツアーは、「孤独と夜」のバンドから「勇気と愛」が日本一似合うバンドになるとの宣言から始まり、その覚悟を決めた光村龍哉(Vo&G)の歌がドカン!と真ん中にあった。ツアーに出た数か月間で起きた光村の覚醒こそ、勇気と愛を問い続けたことによって、光村個人だけではなくて、バンドで出した一つの結果だと思う。

前置きが長くなってしまったが、大事なことなので記載する。なぜなら、それを経ての”Fighting NICO”ツアーであるからだ。

この日は、ニコのプロデューサーとしてレコーディングにも参加している浅野尚志氏(Key,Vn,Gt)がサポートメンバーとして加わった。彼らの強みでもあるアレンジ力を5人で駆使し、さらにホールならではの演出が+αされたことで、曲の世界を深く掘り下げながら豊かに描き続けていく。

しかし、ステージに立つメンバーは、俄然、
挑発的だった。潔く、直球ストレートボールを投げつけてくるニコを目の前に、私は数年前に観たあるライヴの衝撃と、とても近いものを感じた。それは「ロックンロール・ナイト」と名付けられた2013年開催の1125の日ライブである。ただ、一つだけ当時とは大きな違いがあった。

今のニコは「ロックバンドとして自分達に何ができるのか?」というステージにいる。
そして「いかにバンドで良いグルーヴ感を生み出していくか、音楽のみで一体感を作り上げていくか」に重点を置き、ライヴ空間を創り上げている。ニコはもう、かつてのようにただガムシャラには進めないことをわかっているのだ。

ライヴ中、「『NICO Touches the Walls』というロックオペラも作り上げてみたい」という昨年1月にあった光村のtweetを思い出したのだが、例えば自分達が描く夢を叶えるため、その第一歩として昨年「勇気とは?愛とは?」と、自らに問いかけたのならば、今回のツアーでニコが提示していくことは、ロックバンドの「生き様」だと思う。今まで以上に濃縮なライヴステージからは、そんな新たなニコの覚悟が容赦なく伝わった。

今年でメジャー10年目という節目を迎えるニコの全てが、2017年”Fighting NICO”ツアーで、遂に全47都道府県に刻まれる。そして間違いなく、夢へと近づくため一歩を大きく踏み出すことになるだろう。だから、記念すべき今回のツアーは決して見逃してはならないのだ。


More(以下盛大なネタバレ込みのレポートになるので見たい方のみクリックして下さい)
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by musicorin-nirock | 2017-03-07 22:07 | LIVE | Comments(0)

11/25 NICO Touches the Walls @東京・赤坂BLITZ「1125/2016」





2006年、当時インディーズで活動していたNICO Touches the Wallsは2枚のミニアルバムを発売した。どちらも未だファンの間では人気の高いアルバムであり『Walls Is Beginning』は通称青盤、『runova✕handover』は赤盤と呼ばれ、鋭いジャックナイフを世間の汚さに向けているが、自堕落な自身を嘲笑う狂気性も存在する。そして、その根本にあるものが若者らしい焦燥や、彼らに付きまとう孤独感。しかし、ここで赤盤に収録されている”壁”の歌詞を一部取り上げてみる。
ー理想を追い 現実を憂い その間に揺れながら
 わずかなその光を信じてみたいのさ
ー今日も明日も睨み合いで生きる
 そんな未来を僕ら背負え
ーいくら遮ってもまだ見ぬ光を きっと手に入れる
 遮っても 遮っても... 遮ってるもの
 だから遮ってるもの 全部越えていく

私がこの曲から感じたものが、目の前を壁に遮られたとしても、再び光を求めようとする貪欲さだ。当時の楽曲からは殆ど表面化させていない気概に満ちた姿が、言葉の裏から見えてくる。ならば、別の場所から光を当てて、若者らしいフレッシュさで歌うことだってできるだろう。けれど、内向的な捻くれ者は孤独に生きる道を選んだ。それがニコの始まりだった。




***
それから10年という月日が流れた。

毎年11月25日に開催している1125(イイニコ)の日ライブ「1125/2016」のテーマが「青盤と赤盤の再解釈」、つまり2枚のミニアルバムの再現ライヴだとわかった時、私は正直戸惑った。バンドのバックグラウンドを知ることは、バンドを長く聴き続けていく上で重要なことはわかっている。けれど、近年バンドのモードはめっきり明るいものとなり、ステージから伝わる充実感や風通しの良さからは、もう過去を掘り起こす必要性は皆無だと思っていた。・・・それだけではない。彼らは、2013年11月25日、そう3年前の1125の日ライヴで宣言した2度目の日本武道館へのリベンジ以降、散々原点を見つめ直す作業を繰り返してきたのである。だからこそ辿り着いた現在地では、インディーズの回顧は似合わない。歌うべき歌はもっと他にあるだろう。なのにどうして?と不穏が気持ちに取り憑かれていた。


どうしてニコは「青盤と赤盤の再解釈」をテーマにしたのだろうか?

先に理由を明かてしまうと、2枚のミニアルバムが世に放たれてからちょうど10年。当時とは全くモードの違う音楽をやっている今の自分達が、インディーズ時代の曲を演奏したらどんな感じになるのか?それを確かめる如く、楽曲が誕生したスタジオのある街、東京・赤坂で再び鳴らそうという試みだ。

ステージの上でそう説明する光村龍哉(Vo&G)は、今回のテーマに特に深い意味合いを持たせているような素振りを見せなかった。



***
2016年11月25日。

光村が「ようこそ」とフロアに声を掛けると、古村大介(G)が奏でる流麗なギターが鳴り響き、光村が歌い出したのは”行方”。ジャジーなギターと坂倉心悟が爪弾く低音がグルーヴを作り、一瞬にしてオーディエンスを魅了させ、その直後に登場した”壁”のドラマチックな情景に私は言葉を見失う。自らの宿命を受け入れ、バンドと共に歳を重ねてきただけの力強さが、この曲には宿っていた。木漏れ日のように温かく会場を包み込んだミドルバラード”梨の花”の慕情感や、若き吉田拓郎を思わせるフォーキーな”僕がいなくても地球はまわっている”の郷愁からは、10年前のニコの姿を見ているよう。ライヴは始まったばかりというのに、過去と現在が入り交じるステージを前にしたら、脳内が混乱し始める。

淡々と綴られる行き場のない喪失感を、無数の砂に例えた”幾那由他の砂に成る”は、最小限の音数で描かれた。ステージから漂うひんやりとした緊張感をフロアの隅々までに行き渡らせると、更にオーディエンスを静寂の地に潜り込ませたのが”プレイヤ”である。対馬祥太郎(Dr)が刻むエキゾチックなビートの上では優美なベースラインが舞い、曲のクライマックスにかけて波打つギターアンサンブル。その上に重なる光村のロングトーンは「闇から抜け出したい」という救済の声にも聞こえた―――それにしても、聴いてて呆然としてしまうほどの、若者らしからぬ音楽嗜好なのである。直後のMCでは光村曰く、当時は渋いバンドばかりから対バンを申し込まれていたとか。すると、対馬「ハタチだよ」古村「怖いよね」坂倉「怖いモノ知らずだったよね」と皆が本音を零していく。

20歳(ハタチ)になれば誰もが「大人」と認められ、世間からの視線も変わる。しかし(私自身もそうであったが)実際は、まだ未熟さ残る年代だ。だからこそ、彼らは脆い自分を隠すために、敢えて暗くて渋いサウンドに身を投影していったのではないだろうか?そんな当時のニコの象徴と言うべき曲が”病気”である。全身に伸し掛かるブルージーなバンドサウンドからは昭和歌謡の匂いが漂い、聴けば瞬時にドキッとさせられる<父ちゃんは病気だから>と光村は吐き捨てるように歌う。ただ曲の途中で、歌・演奏ともにアップデートさせている今のニコに対し、少し居心地の悪さを感じてしまったが、更に身を痛めつけるよう”3年目の頭痛薬”を畳み掛けると、ここから怒濤の展開が始まった。”アボガド”で勢い良くフロアに噛み付けば、集中力の塊と化していたオーディエンスのリミッターが完全に破壊され、”そのTAXI,160km/h”の登場と共に突き上がる拳と、沸き起こるシンガロング。極めつけは”泥んこドビー”だ。♪ドドパッパーとイントロのリズムに合わせたハンドクラップも響く中で光村が<転がせろ/俺を転がせろ>と歌いながらフロアにダイブ!衝動的で捻くれていて、どこか危険な空気を曝す。それがインディース時代のニコであると、当時を回想させたのだ。

ところが、今宵、赤坂の地に捧げられた”image training”が、ひときわ輝きを放っていた。ライブも後半に突入し、ようやく登場した唯一のポップナンバーが、逆に、明るさを拒む当時のニコを映し出す。しかし今では、スタジオからの練習帰りの光景を歌う、曲本来のみずみずしさも素直さも、何一つためらうことなく鳴らしていた。ラストの”雨のブルース”は、まるで光村の独白にも聞こえる<幸せになろう/誰より幸せに>という言葉が、オーディエンス1人1人に届けられたことで、過去と現在、その先にある未来を繋ぎ止める。そんな瞬間が訪れる、幸福なエンディングだった。

若干20,21歳で早熟な2枚のミニアルバムを完成させたニコが、当時から非常の潜在能力の高いバンドであったことを私は断言できる。けれど、本来ニコは並々ならぬ努力をしながら経験を積み力を付けてきたバンドであり、その全てを物語っていたのがアンコールの”マシ・マシ”。これが本当に素晴らしかった。シンプルな歌詞から沸き立つポジティヴなエネルギーに、説得力という言葉以上の絶対的な力が感じられ、自力で切り開いた現在地は「ここだ」とニコは指し示したのである。そして、年に一度しか聴けない”1125のテーマ”が始まると、誰もがこの瞬間を待ち侘びていたかのような盛大な祝福感が溢れ出した。その時、今回のライブはメンバーはもちろんだが、会場に集まった全ての人にとって、かなり特殊なライヴであったことに改めて気付かされたのだ。



***

私にとって「1125/2016」は通常のニコのライブよりも、かなり労力を強いられた時間だった。ノスタルジーを味わうシーンもあったが、圧倒的に2016年度版の青盤と赤盤を堪能したという気持ちが強く、特に”image training”と”雨のブルース”はかなり胸に迫るものがあった。曲の本質部分が解放されたことで、明るさや幸せを歌う自分自身を肯定出来たのではないかと思う。また、重ねた年齢やキャリアに比例し、歌や演奏が強靭になったからこそ、今のニコと内面的脆さが魅力の曲との間に多少違和感を感じたが、それすら自然なことであると納得できるくらい、10年という時の流れを大いに体感できた。

「やってみたい」という好奇心から始まったライブとは言え、蘇る記憶の中で得られた全てが糧になる。

青盤と赤盤を発売した翌年(2007年)、ニコはミニアルバム『How are you?』でメジャーデビューを果たし、今年で10周年を迎える。そして、彼らは一つのその時代をオーディエンスと共に確かめた後で、始まろうとしているアニバーサリーイヤーを迎えたかったのだろう。真っ暗闇の夜空の下で、孤独を歌い続けてきた時代が永遠にニコの始まりであり、過去は姿かたちを変えることなく残っていくものである。だからもう、その全てを受け入れた上で、今の自分達に一番似合う音楽を鳴らしていけばいい。そして、真っ新な気持ちで私も彼らと向き合っていきたい。




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by musicorin-nirock | 2017-02-01 22:12 | LIVE | Comments(0)

2016年個人的ライヴ総括「 9/13 the HIATUS @東京・新木場STUDIO COAST」

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"the HIATUS 「Hands Of Gravity Tour 2016」 STUDIO COAST公演を観て"


音の鬩ぎ合いのような激しいアンサンブルも、ただ心に寄り添い続ける極上のバラードも存在するthe HIATUS5thアルバム『Hands Of Gravity』。

前作『Keeper Of The Flame』からは、約24ケ月ぶりのアルバムリリースとなった。その間the HIATUSは最初で最後の日本武道館公演を終え、細美武士(Vo&G)はもう一つのバンドMONOEYESを始動させた。MONOEYESが始まったことで細美は自分の二面性を表現できるようになり、バランスが取れた状態で新譜づくりに挑めたことが今作の鍵であることは、人情味溢れる豊かな彼の歌声を聴けば否応なしに納得できる。しかし、細美以外のメンバーであるmasasucksG)、ウエノコウジ(B)、柏倉隆史(Dr)、伊澤一葉(Key)にとっても、彼の充実を感じる傍らで、the HIATUSとの向き合い方が大きく変化する転機になったのだろう。彼らから生まれた新しいアルバム『Hands Of Gravity』では、一つのジャンルに囚われずオルタナティヴに突き進む潔さの中で、聴く者の胸を打つ珠玉のメロディが鳴っていた。しかし、スケール感のある楽曲が並ぶ今作を聴き続けていると、これが彼らの到達点とは言い切れないような、the HIATUSとは挑戦の場であり、1人のプレイヤーとして、また音楽そのものの可能性を拡大していく場所であることを証明しているように思う。

アルバムを引っさげ開催された全国ツアー「Hands Of Gravity Tour 2016」も後半戦に入った913日。東京・新木場にあるSTUDIOCOASTに私は向かった。715日、Zepp DiverCityで行われた初日のステージを観たときは、新たな旅の始まりを迎えた幸福感を放ちながら、完成度の非常に高いステージにかなりの衝撃を受けた。ところが、約3か月に渡る旅路で一度完成させたステージを自ら壊しに掛かり、再び創造していくプロセスを彼らは繰り返してきたのだろう。バンドサウンドも、歌も、精神性も、尋常ではないほど進化を遂げていた。オープニングからエンディングまで凄まじい熱気に溢れ、現時点での集大成のような開放感と愛情があった。

この日も細美は、「今日の俺、すげぇ面倒くせぇんだけど・・・」と苦笑いしつつも、真摯にオーディエンスと向き合い続けていた。「子供の頃から嫌われ者だった」と話した細美にとって、「ライヴハウスが大切なことを全部教えてくれた」場所であり、また、唯一自分が孤独ではないことを実感できた場所。だから、自分のステージを観にライヴハウスに来てくれたオーディエンスが何よりも大切で、フロアに向けて力強い言葉を紡ぎ続けていた。その姿には、今度は自分がここ(ライヴハウス)で大切なことを教えていくのだと、その役割を担っているかのような責任感すら感じられた。

しかしそれは、今始まったことではなかった。これまでに何度も細美の立つライブハウスに居合わせてきた私は、彼の言葉に救われてきた。ただ、この日だけは、彼の想いが不思議なくらい自然と自分の中に浸透する瞬間があったのだ。

そして、きっと私だけではなくて、STUDIO COASTに集まったオーディエンスの誰もが、この日のライヴに来た理由やthe HIATUSが好きな理由と、細美の想いと通じ合えたかのような特別な瞬間を、体感したのではないかと思う。ダブルアンコールが終わったにもかかわらず、鳴りやまない拍手に引き寄せられるようメンバーがステージに登場し、トリプルアンコールが始まったことが目に見えた大きな証であるが、つまり、『Hands of Gravity』のアルバムツアーという枠組を飛び越え、theHIATUSというバンドの本質にある深い部分と繋がり合えたということだ。細美を支え、理解し続ける4人のメンバーと共に創造する、the HIATUSの革新的で独自性の強い音楽性と、彼個人の生きる信念が共鳴したことで、覚醒を呼び起こし、観る者によっては人生観が変わってしまうような音響空間を創り上げることができたのである。そんな彼らの音楽性であれば、アリーナクラスの大会場ですら簡単に呑み込むことができるはず。だが、頑なに彼らがライヴハウスに拘り続ける理由は、実はこのステージの上にあったことを、私はこの時身をもって知った。


***


私には、目の前の現実から逃げるようthe HIATUSのライヴに通い続けていた時期がある。

失恋と仕事のストレスから体調を崩し、心のバランスまで取れなくなってしまったことを、とうとう認めざるを得なかった頃、偶然LIVE DVDTHE AFTERGLOW TOUR 2012』を手に取った。彼ら以外にも好きなバンドやシンガーはいたのだが、そこで聴いた細美の歌声には、音楽を聴き始めて20年以上感じたことのないとても不思議な力があった。「どうしてこの人の歌はこんなにも胸に響くのだろう?聴いているだけで、涙が止まらなくなるのだろう?」。彼の歌声は包容力があり、誰にも知られたくない、触られたくない心の細部にまで優しく届いたのだ。

以来、私は彼らを追いかけることに必死だった。2014年に発売された『Keeper Of The Flame』は、その年の一番回数多く聴いたアルバムであり、人生のベストディスクに確実に選ぶアルバムだ。アルバムツアーは勿論、彼らが出演するフェスにも足繁く通い、生命力溢れる彼らのステージを観ては癒しを得た。そして、孤独から解放され、失いかけていた生きる喜びを私は再び感じるようになった。彼らのステージの上には笑いだけじゃなくて、時に厳しさも存在することも知った。でも、だからこそ本物の優しさと、あたたかさが存在していた。

アーティストとオーディエンスの信頼関係というものを、私はあまり信じていなかった。特にMCに関しては、ライヴを盛り上げるために必要な道具でしかないと捉え、ステージ上でのアーティストの発言なんて、たいして気にも留めていなかった。なぜなら、アーティストからしたら私なんて、オーディエンスという大勢の人間の括りでまとめられた一人である。しかし、どこまでも本気で向き合ってくれる、the HIATUSと細美に出会えたことで、私のこの考えは一変したのだ。

ところが、このSTUDIO COASTでのライヴを観終えてしばらく経つと、私は落ち込んでいた。それは、薄々気が付いていたことなのだが、私の心の奥にある問題が何も解決されていないと、遂に現実に表れてしまったからだ。ライヴはとても楽しいし、居心地の良い場所である。でも当たり前だが、彼らが私の人生を直接変えてくれるわけではない。the HIATUSと出会ってからの自分の生き方は間違っていないと思いたいが、どこか甘い考えで生きていたことは確かで、私はそれを思いっきり悔やんでしまった。

それでも、自分が次の段階へ進みたかったら、この場所から一歩踏み出さなければならない。私達はずっと同じではいられない。それは、ミュージシャンが年齢やキャリアを重ね音楽表現が変化していくように、誰にでもその瞬間は訪れるのである。

STUDIO COASTのステージの上で、細美はライヴをDVDにすることは好きではなく、「今日は会場にカメラは入れてない」と言っていた。勿論ライヴ映像をYou TubeSNSに上げることだってしない。端から見るとただの頑固者に過ぎないが、今、私はその気持ちが理解できる。この日のライヴの全てを自分の中にずっと留め、一生忘れないでいようと誓った。そして、ピンと背筋を伸ばして、生きていこうと思った。年齢とか立場とか考えだしたら、正直きりがないけれど、それでも前を向いて自分自身を生きていくことに、恥ずかしさなんて必要ないのだから。







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by musicorin-nirock | 2017-01-07 15:45 | LIVE | Comments(0)

12/4 The Birthday @ 豊洲PIT

もう20年も前の話になるが、私の高校生活は、人よりも少し苦労の多い3年間だった。中学生活が終わりに近づいていた頃に、両親の仕事の都合で急きょ見知らぬ土地へ転校せざるをえなくなり、自分の成績で入れる確実に高校にとりあえず入学した。それが人生初の大きな試練の始まりだった。クラスメイトとの会話の話題に何一つ興味が沸かず、作り笑いをしてやりすごし、毎日自分を撃ち殺しながら高校へ通った。もしかしたら、途中で辞めても良かったのかもしれないが、親の事を思うと辞められなかった。また、辞めるという決断をしたら、そっちのほうがもっと苦労をするとわかっていたから、ずっと我慢。胃の痛む毎日だった。

音楽は好きだった。元々子供のころからピアノを習っていたし、中学時代は3年間ブラスバンド部に所属。また、テレビドラマの主題歌であったり、流行りのポップソングも良く聴いていた。音楽が身近ある生活だけは、高校に入ってもずっと変わらなかった。ある晩、ラジオを聴いていたら、ビリビリと身体に電流が走ったかのような大衝撃を受けた。「なんだんだ、これは?」。すぐにCDコンポに入っていたカセットテープを回し、番組を録音をする。そして、私は彼らに一瞬にして虜になり、急に今まで好きで聴いていた音楽が子供っぽく思えてしまった。そのバンドこそ、チバユウスケ(Vo)アベフトシ(G)ウエノコウジ(B)クハラカズユキ(Dr)がいた、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTだった。

今思えば、高校以外の場所へと視野を向けることができたら、それなりに楽しく過ごせたのかもしれない。また、単純に、ただ自分をうまく表現できなかっただけなのかもしれない。しかし、当時は地方にある高校という狭いコミュニティしか知らず、今のようにSNSがあったわけでもないから、他に居場所を見つけることもなく、とにかく毎日孤独だった。だから、私は自分の殻に籠った。そして、現実から逃げるようにミッシェルの爆音に自分の身を委ねていた。ミッシェルを知っている人がほとんどいなかったことが救いで、それが自分を守ってくれているような気分だった。

しかし、ミッシェルがきっかけで、ロックバンドについて話せる友人がついに出来た。いつしか自分もバンドをやりたいと思い、更に音楽を突っ込んで聴くようになった。そして、毎月発売されるJAPANも愛読するようになれば、ライターという仕事にも憧れた。それが、退屈な高校生活の中で唯一希望が持てた時間であり、今思えば私の大切な原点だった。

高校3年の冬に、一度ミッシェルのライヴに行った。忘れもしない、1999年のアリーナツアーでやっと取れたチケットだった。確か”ウェスト・キャバレー・ドライブ”が一曲目で、初めてモッシュも経験し、一緒に行った友人とはぐれてしまう。ライヴ後足元を見ると、買ったばかりのスニーカーの紐が引き千切れてしまっていたが、勲章だと思ってボロボロになるまで履きつぶした。

ミッシェルが解散してしまう頃には、正直、このバンドへの熱が冷めていた。高校卒業後は念願の軽音楽部のある短大へ入学し、バンドを続けたくて4年制大学に編入までしてしまったバンドバカの私だった。でも、大学を卒業し社会人1年目にもなると環境の変化から音楽を聴く余裕もほとんどなくなっていった。また、同時期にガレージパンクというイメージの強かったミッシェルには、情緒的で静かな曲が増えてゆき、チバはROSSOという新しいバンドを始めたりもした。私はミッシェルの変化も、チバがROSSOを始めたことも受け入れられず、結局、2003年10月11日に開催された解散ライヴには行かなかった。

2009年の7月。アベの訃報を職場で偶然知った。目の前が涙で滲んでしまい、トイレに駆け込んだことは今でも良く覚えている。こういう時こそ、故人を偲んでミッシェルを聴くべきだったかもしれない。でも、私はさらにミッシェルと距離を置くようになってしまった。本当に終わってしまったんだと、受け入れることができず、自分の中で封印した。もう二度とミッシェルを聴くことはないと、その時は本気で思っていた。


それから17年と言う長い月日が経って、私はようやくThe Birthdayのチバユウスケとして、歌う姿を観ることができた。

きっかけは今年の夏、シネロックフェスティバルで『”THEE MOVIE”-LAST HEAVEN 031011-』を観たことだ。これは、ミッシェルのラストツアーである「LAST HEAVEN TOUR」のツアーファイナルの模様とドキュメンタリーで構成された2009年に劇場公開の映画である。当時、公開されることは知っていたが、観たいとは前向きに思えなかった。

解散から13年を迎えようとしている2016年に、私はようやくミッシェルの終わりと向き合った。そして案の定、複雑な心境に陥った。アベが大画面の中では鋭いカッティングでギターを鳴らしている。でも彼はこの世にはもういない。涙が零れ落ち、頭の中で大混乱が起こる。しかし、気づけは曲に合わせて拳を振り上げたくなり、メンバーの名前を叫びたくなる自分がいた。最後の”世界の終わり”の美しさには言葉を見失ってしまう。幕張メッセを人でパンパンにしておきながら、このバンドは終わってしまうことに現実味が沸かなかった。

『”THEE MOVIE”』を観終えた数日間は大きな喪失感にずっと囚われてしまったが、落ち着きを取り戻した頃になると、聴けなかった後期のアルバムを一通り手に入れ、聴くようになった。それが、最高にカッコよかった。何一つ「古い」と感じることがなかった。今もどこかのライヴハウスに立っているんじゃないかと信じたくなるほどの現役感すら感じてしまった。

その中で、一番胸を打たれた曲が”GIRLFRIEND”という曲だ。この曲は『THEE MOVIE』のエンディングテーマとしても使われている。



ひどく衝撃を受けた。絶望、怒り、そして無念。今までミッシェルを聴いてきて感じたことのない感情が、私の心に沸き起こった。しかし、いつになくメッセージ性の強い歌詞と、それをリスナーの胸にたたきつけるよう激しく声を上げたチバからは、ミュージシャン人生をかけてこれから自分が歌わなければならないものを見つけてしまったんだと思った。真相はわからないが、もう、ミッシェルではチバの歌いたいものを歌い続けることが、不可能だったのかもしれない。あの破壊的なパフォーマンスに、限界を感じていたのかもしれない。ただ、この曲に込められているものは、痛みを知ったからこそロックンロールを信じる想いだろう。それが発売から13年経った今でも、しっかりと呼吸をしていた。そこに痺れてしまったのだ。だから私は意を決してThe Birthdayのツアーチケットを取った。

12月4日。私は豊洲へと向かった。PITの中に入ったのは開場から15分近く経っていたが、メンバーが登場するまで一時間以上待たされたような気分だった。そしてSEに合わせて、クハラカズユキ(Dr)フジイケンジ(G)ヒライハルキ(B)そしてチバが現れた。



一曲目の”ディグゼロ”は決して涙を誘うような曲ではないが、演奏が始まり、チバの声が聴けた瞬間に目から涙が零れ落ちた。メンバー全員、誰一人として客に媚びを売るようなことはしない。MCだってないに等しい。終始一貫硬派に務め、最高にクールでロマンチックなバンドだった。荒野を駆け抜けるようなタイトなビートを刻むリズム隊のキュウちゃんとハルキ、情緒的でジェントルマンなギターを奏でるフジケン、そして人情味溢れる嗄れ声でLOVE & PEACEを歌うチバ。

何度かチバの横にアベとウエノがいないだとか想像してしまった自分も正直いた。その度に泣けてしまってどうしようもなかった。でも、The Birthdayのライヴのステージに立つチバとキュウちゃんの姿は、私が初めてミッシェルのライヴで彼らを観たときと変わらない。確かに年齢を重ね顔に刻まれた皺も増えていたが、私の中では、チバとキュウちゃんの存在の大きさは、何一つ変わっていなかった。そしてその時思ったのだ。好きなバンドが解散してしまったとしても、そのバンドやミュージシャンが変わらず音楽を鳴らしているなら、聴き続けるべきであると。躊躇が生まれるのは当然だし、受け入れられないこともある。でも、自分の人生に希望を与えてくれた人の作る音楽は、変わらずあたたかな光を、自分に照らしてくれるのだ。



私には、チバがミッシェル以外のバンドで歌を歌うことへの抵抗がずっとあった。だから、この日を迎えるまで10年以上の長い時間を要してしまった。でも、そこに後悔をしているわけではない。それ以上に、彼らが私にとって最高にかっこいいロックンローラーで、唯一無二のカリスマで、永遠の憧れであることを確かめられた喜びの方が大きかった。ツアーは終わってしまったけれど、私としては新たな出会いが始まったばかりである。生きていくための楽しみが一つ増えた。それが心から嬉しい。

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by musicorin-nirock | 2016-12-06 12:18 | LIVE | Comments(0)

主にNICO Touches the Walls について書いておりますが、他にはGRAPEVINE と the HIATUS が好きです。記事の無断転載、引用はご遠慮ください。


by タナイユウ
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