カテゴリ:MUSIC( 18 )

Keeper Of The Flame / the HIATUS




アコースティックの響きを生かした前作『A World Of Pandemonium』とは一変!
孤高なギターイントロから始まる「Thirst」の威圧感。美しいメロディが胸を熱くさせる「Something Ever After」。肌馴染みの良いエレクトロポップ「Unhurt」。
序盤から立て続けに披露するダイナミックなバンドアンサンブルには打ち込みが導入され、ジャンルの壁を超え、革新的な音世界をthe HIATUSは構築させた。
ロック色の強い1st、2ndで細美は孤独を叫び自身の存在意義を探し求め、音に救われ鳴らす喜びが閉じ込められた3rdを経て、そして生まれた今作は「音楽の楽しさをリスナーと共有したい」強い想いに溢れた表情豊かなヴォーカルも印象的。
東北への想いを込め書き下ろされた「Tales Of Sorrow Street」は、優しい風をあなたの心に届けてくれる。

Keeper Of The Flame

the HIATUS/ユニバーサルミュージック




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by musicorin-nirock | 2014-11-18 17:44 | MUSIC

Can't Be Forever Young / Gotch





アジカンのゴッチよりも肩の力が抜けたリラックスした雰囲気。アコースティックの生音とエレクトロを組み合わせたカラフルな音像は、子供の頃に買ってもらったおもちゃの包み紙を開けた時に感じた「わくわく」した気持ち。あの「わくわく」を感じてしまうくらい、なんだかとっても無邪気。
いつもクールな目線で時代を眺めているゴッチ。その鋭い洞察力で感じる皮肉を、言葉遊びいっぱいに綴るのはさすがである。しかし、アルバムタイトルにもなったブルージーな「Can't Be Forever Young」に<いのちを燃やせ>という邦題を付けたことは、正しくゴッチ本人に向けての「喝」なのだろう。
そんな熱い魂にも触れつつ、音楽が大好きな人が、ただその想いを想いのままに表現してしまったような一枚だ。



Can’t Be Forever Young

Gotch/only in dreams

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Can’t Be Forever Young [Analog]

Gotch/only in dreams

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by musicorin-nirock | 2014-11-14 22:50 | MUSIC

FOLLOW THE DREAM / OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND



OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND(以下OAU)を知るきっかけが、当時「ビスコ」のCMで流れていた“夢の跡”。繊細なギターの音色が生み出す美しくも儚い音世界に胸を打ち、この曲を演奏しているバンドについてと調べていたら「え?BRAHMAN?!」これには驚いた。パンク・ハードコアに詳しくない私でもBRAHMANの白熱のパフォーマンスは知っているくらい、彼らはその代表格的な存在だ。だから、どう考えてもアコースティックと結びつかない。私には、この曲を演奏している彼らの姿が全く想像が付かなかったのだ。

しかし、OAUは今年でバンド結成10年を迎えている。9月にリリースされた5年振りのニューアルバム『FOLLOW THE DREAM』は、ケルト音楽の要素にジャパニーズを織り交ぜ、躍動感漂うアコースティック・サウンドが目一杯奏でられたアルバムだ。それは、心に明かりをくべるような優しさと今を生き抜く野心に溢れ、俗に言うアコースティック・サウンドとは一味も二味も違う。生々しい生き様が刻み込まれた高品質なサウンドが味わえる。

メンバー各々30代、40代を迎え、歳を重ねて行くことで失うものはもちろんあるが、自らが歩んできた人生の重みを鳴らすことが、フォーク・ブルースの魅力。それをわかってはいたけれど、改めて心に強く響くその理由をひしひしと実感させられる。このアルバムには人生の深みが描かれ、そして歳と共に積み重ねられた渋さが魅力的だ。





そしてMARTIN(Vo&Violin)が作曲し、TOSHI-LOW(Vo&G)が作詞をした“朝焼けの歌”は、東北の復興支援活動を続けているTOSHI-LOW個人が、今、一番私達リスナーに伝えたい想いそのものだ。この曲が歌われることで、たくさんの人の胸に届くことが、また一歩「希望」に近づける。

熱い想いに揺さぶられ、そして、ごこか前向きな気持ちにもさせられた。
 



向かうべき先は、BRAHMANであってもOAUであっても同じなのだ。


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by musicorin-nirock | 2014-10-31 22:27 | MUSIC

世界が終わる夜 / ACIDMAN




10月23日、Zepp Tokyoで行われた”ACIDMAN New Single 「世界が終わる夜」発売記念ワンマンライヴ“に足を運び、初披露された「世界が終わる夜」を聴いてきた。

穏やかな波のようにとても静かな始まりで、一歩一歩を踏みしめるように、ゆっくり丁寧に音を鳴らしていく。そして迎えたエンディングでは、身の毛もよだつくらいの最上級の盛り上がりを見せた。この日は、特別にレコーディングに参加した四家卯大ストリングスも加わり、3ピースのダイナミックなバンドサウンドと繊細な弦楽器が重なり生まれたハーモニーは、一概にエモーショナルという言葉で言い表すことを拒みたくなる程に想像以上の感動をオーディエンスにもたらし、熱気で噎せ返っていたライヴハウスに神が宿ったかのような、神聖な空気が充満していた。

ACIDMANは一貫して「死」をテーマとした作品をリリースし、そんな中で震災が起こり、大木伸夫(Vo&G)は死とどう向き合うべきか、どう表現していくべきか、を悩みに悩み、また表現者としての責任を感じていたのだと思う。しかし、自ら掲げたテーマについて様々な角度から見つめ直しその結果、彼が見つけたものは当たり前の日常であり<君は笑ってくれたね 僕はただそれが うれしくて/世界が終わる事なんて 些細なことさ >と歌えた。それは、広い世界から見たらとても小さな真実だが、誰もが共感できる大きな事実だ。

そして、この曲のプロモーションビデオのエンディングで大木が見せている涙は、彼自身もこの曲に救われていることを物語っているように感じる。


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by musicorin-nirock | 2014-10-27 18:35 | MUSIC

syrup16gの活動再開に寄せて

その日は朝から雨だった。

案の定、通勤に使っているバスは遅れ、最寄り駅に着くと確実に会社に遅刻する時間だった。まあ、取り敢えずいつものように満員電車に乗り込み、都内へと向かう。通勤時間は片道1時間半近くかかるが、転職をして6年が経ち、すっかり慣れてしまった。私は毎日この長い通勤時間中に、丸ごと一枚アルバムを聴き倒している。基本的にぎゅうぎゅう詰めの車内では、読書は不可能で、スマートフォンを見ることも厳しい。身動きが出来ない分、自動的に耳に付けているイヤフォンに意識が行く。よって、往復三時間に及ぶ通勤時間は、一日の生活の中で唯一音楽に集中できる、大切な時間なのだ。

毎朝、MP3から選ぶアルバムはその時の気分次第なのだが、その日電源を入れると勝手に流れてきたのが、この夏6年ぶりに活動を再開したsyrup16gがリリースしたばかりのアルバム、『Hurt』の1曲目「Share the light」だった。雨の日に聴くsyrup16g。五十嵐隆(Vo&G)のすり切れそうな歌声と、古びたエレキギターの音色は、重なり合う乗客の隙間から覗く、薄暗い空と同じ色をしていた。しかし、このアルバムには、かつて五十嵐が見失ってしまったが、勇気を出し再び掴み取った「強さ」がある。この「強さ」は、灰色の雨雲から差し込む、一筋の陽の光のようで、確かなものだった。



syrup16gが活動再開をするニュースが耳に入った週末。私のTwitterのタイムラインは一日中、どよめきと喜びで埋め尽くされていた。そして、週が明けると渋谷駅の地下コンコースの壁にはでかでかと『syrup16g 再始動』という文字と、メンバー3人の写るポスターが貼られていた。偶然にも、私は毎日通勤でこのポスターの前を通る。そのたびに、五十嵐隆の寡黙な視線に引き込まれていった。同時に、一向に静まらないTwitterの賑わいから、これはただ事ではないのかもしれないと思い始め、アルバム発売日の前日、8月26日のCD店着日にCDショップへ足を運んだのだ。

私がsyrup16gと聞いてすぐに思い出したのは、2001年に彼らがメジャーデビューする前に発表されたアルバム『COPY』に収録されている「生活」だ。10年以上も前のことだが、この曲を初めてラジオで耳にしてからずっと<I want to hear me / 生活はできそう?/ それはまだ>という、サビのキャッチーなメロディに心を奪われている。彼らを観た最初で最後のライヴは、2004年のロッキン・オン・ジャパン・フェス。記憶は薄れているが、当時好きだった「クロール」を確か演奏してくれた。しかし、私は特別な理由もなくsyrup16gを聴かなくなり、思い出した時には既にバンドは解散していた。

その後、キタダマキ(B)と中畑大樹(Dr)は、多くのミュージシャンのサポートメンバーとして活躍している。二人のTwitterアカウントもあるため、解散してもそれぞれの活動状況がわかることは、ファンにとっては救いであっただろう。ただ、五十嵐隆に関しては、解散した翌年の2009年『犬が吠える』というソロプロジェクトをスタートさせるが、こちらも半年ほどで解散を発表。何処で何をしているのか見当もつかず、ようやくその沈黙を破ったのが昨年5月。五十嵐隆ソロ名義で『生還』というライヴを行う。驚いたことに、このステージのサポートメンバーを務めたのは、彼と共にsyrup16gのメンバーとして活動していた、キタダと中畑だったのだ。


五十嵐は解散後の生活と当時の心の内を、活動再開の発表後に発売された数冊の雑誌インタビューで答えている。私も一通り目を通したが、途中で表紙を閉じてしまいたくなるほどシビアなものだった。音楽から離れた生活を送り、もう辞めようとしていた40歳をとうに過ぎた男の歌は、プライドを殴り捨て、生きて行く為にはこれしかないという気迫が感じられ、ただただ、生々しく胸に響いた。しかし、絶望の中にいた五十嵐の生み出したメロディには、厳しさの中にも優しさがある。美しさがある。懐かしさもある。それは、一曲一曲に強い力を注ぎ込むことで過去の自分を認めようとする姿であり、そこに希望を感じたのだ。また、五十嵐をどっしりと支えているキタダの低音と、中畑のリズムから成る安定したビートは、バンドが停止していたことを決して感じさせない抜群のコンビネーションを見せている。それぞれに抱えていた葛藤を拭い去るような勢いがあり、再びsyrup16gとして突き進む事への決意をも、刻み込んでいくようだ。そして、その全ては、五十嵐隆ソロ名義ではなく、syrup16gとして音を鳴らせる喜びに繋がっていることを『Hurt』というアルバムは証明している。

アルバムのラストを飾る「旅立ちの歌」は、爽快感のあるアコースティックギターの音色が深い闇から抜け出すことのできた五十嵐自身のようであり、包容力と温かさが残るサウンドだ。それに合わせ、メッセージ性の強い言葉が綴られている。<最低の中で / 最高は輝く>。これは、五十嵐が再び自分と向き合ったことで歌うことができた、現在の集大成だろう。<もうあり得ないほど / 嫌になったら / 投げ出してしまえばいい>と諦めた表情を見せてはいるが、彼がsyrup16gを再始動させた勇気は、今、彼らの音と出合えた全ての人の心を大きく動かしていくはずだ。

しかし、私は今のsyrup16gを聴いて、テンションを上げるとか、癒やしを求めようとは思わない。安直に扱うのではなくて、そっと寄り添い続けながら、私自身の<最低の中の / 最高は輝く>事を確かめながら前へ進んで行きたい。メンバーと共にsyrup16gのこれからを信じていきたいのだ。



だから、あの雨の日syrup16gを聴いていた事は、必然だったのかもしれない。

以来、聴けば聴くほど体中にじわじわと浸透され続け、特に意識していなくも突然ふっと降り注ぐように頭の中で『Hurt』の楽曲達が鳴り出してしまう。きっと、私の中でこのアルバムが身近なものへと変化し、確実に消化されている証なのだろう。

日々生活している中で、そんな瞬間が訪れるたび、このアルバムと出合えて良かったと実感している。






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by musicorin-nirock | 2014-09-18 21:57 | MUSIC

Hurt / syrup16g

轟音のようなドラムを聴いた時、わっと目が覚めた。
ドクドク脈打つベースからは、強い生命力を感じさせ、
ギリギリの精神状態を突きつけていくような、
ヴィンテージ感漂うギターの音色。

1曲目「Share the light」を聴いた時、
syrup16gの「復活」ではなく、
「反撃が始まった」という言葉のほうが表現として相応しいと思った。
では、誰に対する反撃なのかというと、無論自分達である。
それぞれが抱えてきた葛藤を吐き出し、全てを打ちのめしていくような、
威圧感が充満している。

生々しい胸の内を、
五十嵐は蹴散らすように歌い上げる。

彼の綴る言葉に反応してしまうのは、
誰しもが不安や迷いを抱えているからであって、
生きることは容易くないと、歳を重ねて知れば知るほど、
実感しているからだろう。

しかし、そんな五十嵐の言葉達が
どこか色鮮やかに見える瞬間が、
このアルバムにはたくさん詰まっている。

マイナーコードが続く中、突如現れるメジャーコードがふわっと心を包み、
あちらこちらに「希望」、「勇気」といった、
未来を感じさせる言葉が散らばっている。
アレンジには、ダンスミュージックを始めとした、
ポップな要素も組み込まれ、
耳障りがとてもよく、リピートしても全く苦にならない。
人間の脆さや、そこから生まれる刹那は、
美しいメロディに生まれ変わり、じわりと全身に浸透する。

ラストの「旅立ちの歌」を聴き終えた後、私の心には爽快感が残った。
それは、こうして、メンバー誰一人変わることなく、
かつての仲間と集まり、
制作活動が出来たことの喜びそのものが、
音となっているからだろう。

音楽を辞めようとしていた男が、
がむしゃらに、ひたすらに、ギターをかき鳴らす。
そんな姿が目に浮かび、胸を打たれるものがあった。

そして、これは「序章」なのだと、
次なるステージを予感させる、強いエネルギーを持っている。
本当の「再始動」は、これからだ。


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by musicorin-nirock | 2014-09-04 14:50 | MUSIC | Comments(0)

君は僕のもの/NICO Touches the Walls

原田郁子の声に恋をした当時中学3年生だった光村少年が、
その想いを13年越しに伝えた。
アルベジオを効かせたギターのイントロから、
グルーヴ感の強い、ジャジーなサウンドに合わせて歌う。
28歳の彼の声には、初恋の「恋の甘酸っさ」ではなく、
「甘い」しか存在しない。
まるで熟れた桃のような香りを放つ。
それは、ちょっと麻薬のようで、
聴いてるこちらの顔が赤くなってしまうくらい。
完全に、その甘さに、聴く者すべて酔わせてしまう。
恥ずかしげもなく、ただ、甘く。
もし、10代の淡い恋の思い出に浸りながら、
この気持ちだけを歌いたいのなら、
今すぐカラオケに行って、マイク片手に、
思う存分に酔いしれば良い。
彼はロックバンドのヴォーカリストだ。
そのプライドを賭けて、突如見せる意地。
ソリッドなギターアンサンブルを突きつけ、
柔らかな桃の表面を痛めつけ、
募る想いを破壊させてしまう。
そして、その甘さは、切なさへと変化した。
エンディングに向かうにつれて、
「この声」が、自分のものだけに出来ないという、
彼の苦しい胸の内を、溜息交じりに歌い上げる。
「恋は盲目」。
いくら歳を重ねても、
やっぱり、これが恋の醍醐味。
女性アーティストのカバーといえども
これはれっきとした男性目線のラブソングだ。
そのクオリティを一度、確かめてみてはいかがだろう?


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by musicorin-nirock | 2014-08-29 23:07 | MUSIC | Comments(0)

天地ガエシ / NICO Touches the Walls



草原を吹く風のような爽快なギター。
曲に合わせて輪になって踊りたくなるような軽やかなビート感。
これから迎える野外フェスの季節にはぴったりの一曲がNICOから届いた。

言うまでもなく、この曲は8月19日に開催される武道館公演へのリベンジソング。
彼らの今の心情が恥じらいもなく、真っ直ぐに伝わってくる曲は、
これまで聴いてきたNICOの曲の中でも初めてじゃないかと思う。


6月15日、ZeppTpkyoのステージで、
「不恰好で不器用なバンドかもしれないけれど、
その泥臭さで日本をひっくり返そうと思います。
だから俺らについてこい!」
という光村の言葉が私の心に強く残っている。

今年の2月、一ヶ月間毎日違うコンセプトに合わせたセットリストを組み、
ひたすら走り続けた「カベノミミ」で、全楽曲に再び息を吹きかけ、
自分たちがこれまで築き上げてきたものを再確認し、彼らは大きな自信を得た。

その集大成であろう今回のツアー。
アンコールでこの曲が披露された時、
余計なものがそぎ落とされ、さらに磨きのかかった演奏から、
「今のNICOならできる!」と確信したのだ。

挫折や苦悩をへ得て4人でやっと辿り着いた場所。
まさに「今が最高に楽しい」ということが、
この曲を聴いていると痛いくらいに伝わってくる。

笑われようが、何を言われようが、
武道館のステージを成功させるんだという強い意志。
自分たちのありのままを認め、堂々と表現できるようになった、
その全てが「天地ガエシ」。
それは、彼らの背中を押してくれる最大の武器なのだ。







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by musicorin-nirock | 2014-06-19 22:18 | MUSIC | Comments(0)

主にNICO Touches the Walls について書いておりますが、他にはGRAPEVINE と the HIATUS が好きです。記事の無断転載、引用はご遠慮ください。


by タナイユウ
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